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「さよなら、先生」
ありきたりな言葉。今まで意識せず聞いてきたそれが胸に刺さる。
少しだけの別れだとしても嫌だ。嫌で嫌で伸ばしそうになる手を僅かに残った理性で留めた。
このままでも十分幸せだった。隣にいてくれるだけで、名前を呼んでくれるだけで良かった。
でもそれはお前の為にはならない。
お前の為じゃなく俺の為になってしまう。自分よがりな関係なんて望んでいない。
一度言葉にしてしまえばもう抑えることはできなくて。
言わないつもりだった「愛してる」は簡単に出てしまった。意志が弱い自分に自嘲する。
「待ってて…か」
慧は俺に言葉じゃなんとでも言えるって言ったけれど、それは俺も同じ。待っててなんて口約束でしかない。
俺の元に戻ってきてくれるのが絶対だとは言い切れない。
それでも信じてる。信じてほしいと言い続けたのは自分に言い聞かせる為だって言ったらお前は怒るだろうか。
俺はお前が思ってるほど完璧な人間なんかじゃない。心から安心させてやることも出来ないし不安にだってさせる。
傷つけたくないと思っていながら泣かせて、守りたいと思っていながらその手を放した。
どこにも行かせないようにできるくせにしないのは、確かなモノが欲しいからなんだ。
俺を選ぶんじゃなく、どんな道を選んだとしても俺に行き付いてほしい。
俺は目標がなければ何も出来ない弱い男だから。信じてもらう為だって思わないと、また前のように腑抜けてしまう。
『お前の為に』
そう思うことで安心したいのは俺自身だ。
壁に背を預け俺はずるずると座り込んだ。布越しに触れる壁も床も冷たくて、身体が固まっていく錯覚に陥る。
『さよなら』
それを言う必要のない関係だった今までとは違う。
告げた通り俺からは離れず、離れていくのは慧だけ。お前が変わっていくのを俺は見届けるしかない。
いつも選ばれるのを待って、選ばれて安心して…そしてまた次が来る。その後ろにもずっと待ち構えている。
慧の望むこと叶えてやれるのは俺にとって快感であり絶対条件でもあった。それをクリアしないと慧は俺を選んでくれない。
前よりも今、今よりもこの先…見えないハードルがいつも俺を追い詰める。
本当は余裕なんてどこにも無い。自信なんて1度も感じたことがない。
それを見せないよう必死に浮かべた笑顔がまだ消えなくて、俺は1人取り残されたまま、まだ笑っていた。
笑いたくなくても笑わなきゃいけない。そう仕向けたのは自分なのに、やるせない気持ちになる。
「さよならの次は何がくるんだろうな」
不安はいつもそこにあって気付かないよう隠してきた。それが得意なはずだったのに、好きになればなるほど大きくなって『愛してる』と思った時には目がそらせなくなった。
苛めて甘やかして、からかって泣かせて。それでも離れていかないことに安心する。教えてやるなんて偉そうに言った裏で、俺は自分を選ばせることに必死だった。
君が俺を好きだと言ってくれる度にそれは本当の俺じゃないって何度言いそうになっただろう。
でも、ある日気付いたんだ。それならいっそ本当にしてしまえばいいと。
俺は嘘をつかないんじゃなく「嘘になること」を言わないだけ。どれだけ無理難題でも叶えてしまえば嘘にはならない。
好きだった君の為に、愛している君の為になら俺はどんな風にだってなれる。
この気持ちが重たすぎるのは重々承知で、もう開き直ってしまったから怖くない。
怖いのは…慧だけ。
君の為に生きてる俺にとって、君との別れは全ての終わりだと思える。ただ、それだけが怖い。
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