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リカちゃん相手だとカッとなってしまう俺だけど、この人に対しては冷静になれる。俺にとってこの人は失いたくない人じゃない。もう諦めてしまった人。
この人との別れがずっと引っかかっていたけれど、会って話をしてみれば簡単なことだった。
俺が置いて行かれるのが嫌なのは、離れて行っちゃうのが嫌なのは相手がリカちゃんだから。それを過去の思い出と重ねて不安になって、俺はリカちゃんを疑う。
そしてリカちゃんは俺の不安を無くすために何でも叶えてくれる。
俺はそんなつもり無くても、どこかでリカちゃんを試してたのかもしれない。まだ許してもらえるって知って安心したかったんじゃないかな。
いい加減にしろって言われても仕方ないのに全然気づかなかった自分が情けないと思った。
誰かの所為にしたがって、嫌だと思ったら逃げる。俺とこの人は似てる。それがわかるから余計に嫌いだって思ってしまう。
でも、似てるだけで同じじゃない。もう簡単な方に逃げるのはやめるって決めたから前を向く。
「俺はアンタを許さないし、もう会いたいと思わない……でも、」
きっとしばらく会うことはない。この人も無理に俺と会おうとはしないだろう。
伝えるなら気持ちが変わらない今のうちだ。
「生んでくれたのは感謝してる」
そう言って頭を下げる。
この人がいなかったら俺はこの世に生まれなかった。
拓海のバカみたいな話にツッコミを入れることも偉そうな歩に怒ることも、桃ちゃんの奇声を聞くこともなければ美馬さんの豹変っぷりを見ることもなかった。
「アンタがいてくれたから今の俺がいる。そこだけは感謝してる」
リカちゃんと出会うこともなければ、今思ってる気持ちも知らないままだった。
信じて裏切られて傷ついて。それでもまた誰かを、リカちゃんを信じたいって思える。
この人の今に興味はない。大切だとも思えない。でも、生んでくれたことだけは礼を言ってやってもいい。
「本当にそこだけな。後は最悪だけど」
最後に素直な気持ちを付け加えた俺に母さんは大粒の涙を零す。
思い出は美化されて、俺の記憶の中の母さんとは全然違うけど……それでも俺はこの人が好きだった。だから悲しくて、辛くて。そして許せないでいる。
「ごめんなさい」
どんなに謝られても。
「ごめんなさい…ごめんなさい」
どんなに泣かれても。
「謝られても許さないって言っただろ」
やっぱり俺はこの人を許せない。 もしかしたら数年後、数十年後に許せる時がくるかもしれない。でも俺は気まぐれで自分勝手だから来ないかもしれない。
嘘はつきたくないから今は何も言わないことにした。
ただ立ったまま、泣き続けるこの人が落ち着くのを待つ。啜り泣く音が小さくなって俺から話しかけた。
「なんで嫌な思いしてまで教師続けてんの?」
「それは…」
辛いなら辞めればいいのに。身体壊すまで悩んで、それでも続けたい理由。それはなんだろう。
問いかけた俺に返事が返ってくる。
「星一が先生をしてる私はキラキラしてて自慢の母親だって言ってくれたから」
声は小さいけどハッキリとそう言い切った。
「1つぐらい…、いいところを残しておきたい」
「それなら続けるしかないだろ」
「でも、」
「嫌ならやめれば?別に誰も止めないし」
もう何も話すことはなくて俺はドアノブに手をかけた。背中を向けたままで最後に一言告げる。
「…でも、そのキラキラしてるっての1回見てみたい。だから今度見せて」
それがいつかはわからないけど。来るかはわからない今度を言った俺にその人は声を上げて泣き、嗚咽混じりに「ごめんなさい」と「ありがとう」を繰り返す。
俺はずっとアンタを待った。笑って褒めてくれるのを楽しみにして、いい子にしてた。だから次は俺がアンタを待たせる番だ。
素直に許せないし受け流せも出来ない俺は小さな仕返しをして部屋を出る。廊下を数歩進み、壁にもたれた。
ほんの少しの時間だったのに身体も心もどっと疲れて、今すぐにでもリカちゃんに会いたいと思った。でも会えないから我慢する。
これが何になったんだって言われてもわかんない。何も変わってないかもしれない。
けれど心にあったモヤモヤしたものは薄くなっていた。
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