アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
653
-
*
視界がぐるぐる回る。
ぼやけて映るそれが人なのか物なのかもわからず、伸ばしたのが自分の手かどうかも判断がつかない。
虚ろな視界に入ってきたこの影は何だろうか。
近づいてきた影が俺を覗きこむ。
「もう!弱いんだから加減しなさいよね!!」
「桃、今さらそれ言っても本人は聞こえてないと思う」
「こんなにすぐ酔われたらこっちが飲めないじゃない」
微かに聞こえた声にそれが桃と豊なのだと知る。何か返事をしたはずなのに自分が何を言ったのかすらわからない。
「っつーかこんだけ体調悪くて飲むのがダメだろ。こんな状態で帰れんのかよ」
金色の物体が俺の身体に触れた。金色に見えた頭……もしかして茶色?とにかく明るい色が目の前にある。
顔がわからないそいつは、うちの制服を着ていた。
「うわっ、お前なんで俺に抱きつくんだよ!!」
「んー……慧、くん」
「違ぇわ!!」
抱きしめたそいつは俺の身体にフィットしない。抱き心地も匂いも全て違う。俺のウサギはこんなに硬くない。
こいつはウサギの偽物だ。
「てめぇ誰だよ」
「お前が誰だよ……ダメだ、もう完全に回ってる」
俺を揺すっていた手が止まり、身体が離された。3人の視線を感じつつ、宙を眺める。
ここ…どこだっけ。あぁ、そうか桃の家だ。
駅でウサギを見かけて、そうしたらアイツは1人じゃなくて。相手の顔は見えなかったけれど頭を誰かが撫でたのはしっかりと見えた。
誰が俺のモノに触った?俺のモノに触れて、近づいて、一体あれは誰だろう?
また誰かが俺の邪魔をする。1つが片付いたと思ったら息つく暇もなく次がくる。
俺はそいつに負けないためにもっと頑張らないといけない。じゃないと今度こそ選んでもらえない。
こんなところで休んでる暇なんて俺にはない。
「帰る」
壁に手をつき立ち上がる。鈍い痛みが頭を襲うけれど気のせいだと自分に言い聞かせた。
「えっ…ちょ、リカ!そんな状態じゃまともに歩けないでしょ?!」
「うるさい。俺はあいつのところに帰る」
止めようとする桃の手を振り切り廊下を進んだ。
早くウサギの元へ帰らなきゃ。もしかしたら待ってるかもしれない…なにか困ってるかもしれない。
俺は何があっても近くにいるって約束した。俺からは離れないって決めたんだから守らないと駄目なんだ。
早く早くと気持ちだけが急く。追いついてこない身体を引きずって、よろめきながら玄関まで向かった。
途中で何度も壁にぶつかり、それでもなんとか靴を履いて扉を開けようとした…けど開かない。
「チッ…んだよ、開けよ!」
思い切り扉を蹴りつける。ガンッだかバンッだかわからない音が鳴って後ろでオカマが悲鳴を上げた。
「やめて!!!お願いだから壊さないでっ」
「開けよ!なんで開かねぇんだよ!」
「……どう考えても鍵締まってんだから無理だろ」
俺の横から伸びてきた手が何かに触れる。鍵の外れた扉は簡単に開いた。勢いよく外に出ると冷たい空気が俺を包む。
火照った身体にそれは心地よく、少しだけ頭が回るようになった。
「面倒くせぇからタクシーに押し込んできます」
ウサギだと思っていた人物の正体は歩だった。
部屋から出てきた歩が俺の隣に立ち、身体を支えてくれた。豊から俺の荷物を受け取る。
「悪いな。これがリカの鞄とコート」
「別に…兄貴がこうなるのもなんとなくわかるし。弟に支えられてなきゃ立てないなんて情けねぇの」
相変わらず真面目な豊に生意気な歩、うるさい桃。けれど今は3人とも暗い顔して俺を見る。
きっと何か困ったことがあるんだろう。俺の助けを必要としているんだろう。たとえ何を言ってるか頭に入ってこなくても、みんなの顔を見るだけでわかる。
やっぱり俺がしっかりしなきゃ駄目だ。
だって俺は『なんでも出来る』ことを求められてる。それに応えるのが俺の役目だから。
歩から身体を起こし、玄関扉にもたれた俺は部屋の中にいる桃と豊を振り返った。
「じゃあな。2人共あんまりケンカすんなよ」
「リカ…本当に大丈夫なの?」
桃の心配そうな顔に笑って返す。
「もう今日は泊まっていったらどうだ?明日は休みなんだろ?」
気遣ってくれる豊に首を振って答えた。
「俺にできねぇことはないんだよ。困ったことがあったら俺が何とかしてやる」
だからそんな暗い顔しなくていい。俺が何とかしてやるから…慧も歩も桃も、それに豊も鳥飼だって。
「みんな俺が何とかしてやる」
俺は完璧を目指すんだから大丈夫。まだ大丈夫。
だから笑って言わなきゃいけない。
「俺を誰だと思ってんの?
変な心配してんじゃねぇよ、バーカ」
俺は桃と豊に手を振り扉を閉めた。
歩に支えられながらエレベーターに乗り、マンションのエントランスにあるソファに座り込む。目を瞑れば目の前に螺旋が巻き、咄嗟に目頭を押さえた。
俺にコートをかけた歩が出ていき、やっと1人なれた。深呼吸して冷たい空気を体内に取り込む。
手を開いて閉じてを繰り返し、なんとか意識を保つ。数回続ければスムーズに動くようになって安心した。
ほら、まだ大丈夫だ。まだ動ける。
しばらく待っていると歩に腕を引かれる。外を見るとマンションの前に車が止まっていて、その中に押し込まれた。
「ついて行くから詰めろよ」
自分も乗り込もうとする歩を押しとどめる。
「大丈夫だって言ってんだろ。お前は自分のことだけ考えてればいいんだって」
「兄貴……マジで無理し過ぎだって」
車から手を伸ばし触れた歩の鼻は冷たい。
「俺の心配するなんて生意気なんだよ、あゆ君。お前こそテスト前に風邪なんかひかないようにな」
歩に微笑んだ俺は運転手にマンションの住所を告げた。スムーズに走り出した車内に微かに流れるラジオの音。それが次第に消えてゆく。
車の振動が加わり、また酔いが回ってきて瞳を閉じた。
何も聞こえなくて何も見えない。どんどん落ちていくのを感じながら握っていた手を開く。
誰も握り返してくれない手がとても寒い。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
653 / 1234