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「お客さん、お客さんってば」
「ん……なに?」
「着きましたよ。大丈夫ですか?」
訝しげな表情でこちらを見る運転手。気付けば眠ってしまっていたらしく、窓からは自分のマンションが見えた。
「あー…どうも」
財布から適当に札を抜いて運転手に渡す。釣りを用意しようとする運転手に「いらない」と言えばひどく驚いた顔をされた。
なんとかオートロックを開け、エレベーターまで壁を頼りに歩く。同じようにして廊下を通り玄関の扉まで来た。
鍵……どれだっけ。似たようなものが2つあって、手元がぼやけてよく見えない。何か描いてある方の鍵を差し込んでも回らない。
なんで使えない鍵を持ってるんだろうかと悩んで、でもその理由が思い出せなかった。
ガチャガチャと何度も試してやっと開いた扉。その隙間に倒れ込むようにして中に入った。
廊下に打ち付けた身体が痛い…けれど起き上がる気力もなくて、どんどん頭が働かなくなる。
そんなに飲んでないはずなんだ。体調が悪いからって気を付けていたはずなのに。
閉じかける瞼に考えるのをやめようとする脳。寒さにかじかんだ指。外部からの情報がだんだんと消えていく。
そんな中で聞こえるはずのない声が聞こえた。
「リカちゃん?」
でも俺の瞳はお前の姿を映さない。俺たちは離れているのだからここに慧が来るはずない。
「そんなとこで何してんだよ?!」
誰かが俺に近づいてくる気配がした。
「リカちゃん!リカちゃんってば!!」
その声がすごく好き。ふざけたあだ名でさえ、その声で呼ばれると特別に感じるんだ。
幸せになってくれるならそれでいいはずだった。
それなのに、いざ自分以外と一緒にいるのを見ると現実が受け止められない。置いて行かれる恐怖に抑えがきかない。
もう自分で自分がわからなくなって、何かに縋りたくて手を伸ばす。
俺に触れる人の体温。大丈夫かと遠くの方から聞こえてくる声。お前に似てると思うのは俺の願望なんだろう。
「大丈夫か?」
誰かの手が俺の頬へと伸ばされた。俺はその手首を掴む。
「誰?」
目の前の人影に俺は問いかける。こんな虚ろな視界の中じゃ、顔も性別さえも判断がつかない。
「誰か知んねぇけど、なんでここにいんの?」
「え…お前何言って」
「あぁ…もしかしてついて来た?それとも俺がどこかで拾ってきたのか?」
頭が上手く働かない。口が勝手に言葉を紡ぐ。
「どうでもいいけどさ…とりあえず寝室まで連れって行ってくんない?」
「寝室?」
「横になりたい」
そいつは俺の身体を引きずるようにして歩く。ガチャッという音で扉が開いたのがわかった。
少しして身体が柔らかい何か…おそらくベッドに触れる。
慣れた自分の匂いが今は憎い。
この匂いはあいつを思い出させる。
「水飲むか?」
「いらない」
俺を引きずって来たやつの腕を掴んだ。思いきり引き寄せれば何かを言いながらベッドに沈む。
もう自分が何してるのかわからない。
頭の奥の奥にあった理性でさえ消え失せた俺は、その誰かわからないやつに跨り見下ろした。
「ここまで来たってことはお前も期待してるんだろ?」
「え、何?何言って…ってリカちゃん?!」
伸ばした手が触れるのはそいつの胸。
平らで膨らみの一切ないそれが示すのは自分と同じ男だってことだけ。
「男か……皮肉だな」
容赦なく服の中に手を滑り込ませた俺に、組み敷いた男が驚きの声を上げた。頭の奥に響く声だけを頼りに俺は手を動かす。
「似てんだよ。お前の声、すっげぇ似てる」
せめて女なら良かった。たとえ声が似ていても身体つきが違えばあいつを思い出さなくて済む。
身体に触れる冷たい外気に組み敷いた男が身を捩らせる。
「待て……待てってば!!」
「声だけじゃない。反応も似てる」
だから身体が疼くんだ。
あいつに…慧に似た声を聞いて似た反応をされると、どうしようもなく欲しくなる。
「リカ……ちゃん」
その声で名前を呼ばれるとどうしても止められない。
たとえ別の誰かでもいい。
助けてほしい。全部忘れて楽になりたい。
この思いが本物に届かないなら偽物でもいい。
お前と似た声を持つのなら、俺はそれだけを愛せる。
俺の中で諦めと、まだお前を求める気持ちが葛藤し、戦う。そして自然と出た答えに自嘲が漏れた。
やっぱり俺は異常だ。
「いいよ、抱いてやる」
その声をくれるなら俺はなんでも差し出してやる。
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