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「何の教科かは決めてんの?」
「へ?」
「学部。教育学部だから教師になりたいんだろ?」
手元のパンに視線を向けたままリカちゃんが続けた。
「高校か中学か…お前のことだから小学校は無いな」
「なんでだよ」
「だって子供苦手だろうから」
俺はリカちゃんの手を見ながら、なんで零さず食べれるんだろうなってことだけを考えてた。だって教師に興味はあるけど、それが中学か高校か、どの教科かって決めてないからだ。
それを俺の様子から汲み取ったリカちゃんが言う。
「いいね、この2ヶ月でお前は本当に変わった。今までなら適当にごまかして答えてたのが、今はちゃんと考えてるんだなってのが伝わってくる」
「考えても自分で決めらんなきゃ意味ない」
褒められても素直に喜べない俺に、リカちゃんは顔の位置まで上げた指を左右に振った。
「まだ時間はあるんだから無理に決めなくていい。今決めるのはもったいないと俺は思う」
ナイフとフォークを揃えて置いたリカちゃんを真似する。やってきたウエイターが皿を下げ、また2人の時間が始まる。
「決めなきゃいけない時はいつか必ず来る。その時に自分がどうしたいのか見つける為の今だろ」
見た目はただの優男で、その雰囲気は妖しすぎるのに言ってることは先生だ。そして苦労を知ってる大人なんだって思った。だからこうやって優しく諭せるし厳しくも出来る。
「それに気付けたっていうのは成長以外の何でもないんだと俺は思うけどな」
グラスを傾けて水を飲んだリカちゃんは雰囲気と視線、態度で俺を褒めてくれる。
それを感じると、どれだけ周りに恵まれていてもリカちゃんが必要なんだって思う気持ちは変わらない……けれど。
俺が皿の端にこっそり避けてたブロッコリーを見てリカちゃんの眉が寄った。
「また残してる…ったく、そこは変わらねぇのな」
俺の偏食を呆れるリカちゃんを見てると思うんだ。
きっと、リカちゃんは俺がいると苦しくて辛い。
俺の為になら何でもしてくれるリカちゃんだからこそ、俺が近くにいればいるほど完璧に近づこうと無理するんじゃないかって思うと言い出せない。
また一緒にいたいって、その簡単な一言がどうしても言えない。
デザートのケーキが運ばれてくる頃には店内はプレゼントを交換し合うカップルで賑やかになっていた。
リカちゃんの分も貰った俺は、2人分のデザートを黙って食べる。それを眺めるリカちゃんは嬉しそうな顔で静かにコーヒーを飲んでいて、たまに目が合うと笑ってくれる。
進路のこととか何気ない日常の話をして、核心に触れないまま食事は終わり、リカちゃんの後ろを歩いて店を出た。
迫ってくる終わりの時間に気分は沈む。
帰りたくない。離れたくない一緒にいたい。
でも言えない。
拒否されるのも受け入れてもらうのも怖くて、俺はまだ言い出せないでいる。
『リカちゃんの為』って何だろうって考え始めたから、一歩が踏み出せない。
相手の為に自分を抑えるって難しくて悲しくて、やっぱり難しい。
それを今もずっと続けているリカちゃんは乗り込んだエレベーターの壁に凭れ、笑って俺を見つめていた。
行き先ボタンを押したくなくて、でも押さなきゃいけなくて…止まれと願ったエレベーターはどんどん地上へと近づいていく。
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