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「ふる…って何を?」
掠れた声でわかりきったことを聞く俺にリカちゃんは咥えたタバコを口元から離した。
「この状況で俺以外に何があるんだよ」
「…なんで?」
予想外の展開に俺の口から最初に出てきたのは理由を問い質す言葉だ。
リカちゃんはごまかさず答えてくれる。
「お前が何か考え込んでたのは気づいてた。俺を見て顔を顰めてたのも、隠れてため息ついてたのも全部知ってる」
バレないようにしてたつもりが全部気付かれてたと知り、俺は言葉に詰まった。
何でもしちゃうリカちゃんを見てると辛くて、でも言い出せない自分に向けて出たため息。それを見られてたんだとしたら、嫌な思いをさせたのは当然だ。
備え付けの灰皿でタバコを揉み消したリカちゃんが見るのは俺だけど俺じゃない。俺のいる方向を向いて、俺を通り越した遠くを見て寂しそうな顔をする。
けれどそれは一瞬で消えていつものリカちゃんに戻ってしまう。
「久しぶりにお前と過ごせると思うと、したいことがいっぱいで連れまわしてばっかりだったし。俺がわざと言い出せない雰囲気作ってたの気づかなかった?」
そう尋ねられて首を振って答えた俺に、リカちゃんは何とも言えない顔をする。
「聞きたくないから言わせないでおこうと思ったんだけどな。もしかしたら途中で気が変わるかもって期待してたんだけど………やっぱり無理なんだろ?」
いつもと変わらない黒い瞳に映るのは戸惑った俺だ。突然のことに何て返していいかわからなくて、でも何かを言わなきゃっていうのはわかってて…。
そんな俺から出た言葉は「ごめん」
そこまで気を遣わせてごめん。今日だけじゃなく今までずっとリカちゃんに任せっきりでごめん。
言い出さなかったのは俺自身なのに、こんな時までリカちゃんを悪者にしてごめん。
色んな意味を込めて言った言葉の後に返ってくるのは無言で、俺は続きを言おうと立ち上がる。そのままリカちゃんの元へ1歩近づいた…はずなのに2人の距離は変わらない。
「リカちゃん、ごめん俺」
「謝らなくていい」
俺を遮ったリカちゃんは両手を前に突き出し、目に見えて俺を拒絶する。これ以上近寄ることを拒むその手が目の前に広がる。
「そう何回も謝られると余計虚しくなるだけだって」
俺を見ずに早口で言ったリカちゃんは、やっぱり手を突き出したまま。俺が近づけば離れて、もっと近づけばもっと離れる。
1人だった俺を連れ出してくれた手が今は俺を近づけまいと目の前に立ち塞がる。
「今までも今日も振り回して悪かった。受け入れるよ、もう悪あがきはしない」
そう言ったリカちゃんは怒ってるでも悲しんでるでもなく綺麗に笑った。薄い唇を左右対称に上げ、穏やかな笑顔を浮かべてみんなのリカちゃん先生になる。
「スーツ、似合ってる。さっきだって店にいた誰よりもお前が1番輝いてた」
そんな状況じゃないのにリカちゃんは笑って俺を褒める。今までと変わらない寒いことを言って、今までと変わらないリカちゃんのまま俺から遠ざかっていく。
俺が進むよりも大きい歩幅で後ろへと、俺の届かないところへと行ってしまう。
「リカちゃん、俺そうじゃなくて。ごめんってそういうんじゃなくて」
「もういいよ。立つ鳥跡を濁さずって言うだろ……あぁ、お前には意味わかんないか。数学だけじゃなくて国語もちゃんと勉強しろよ」
最後の最後まで笑顔のままリカちゃんは俺をからかって、最後の最後までいい先生でいようとして最後まで笑ったままだ。
リカちゃんの意地悪な笑い顔、照れて笑う顔、作り笑いも…目を細めて優しく笑う本当の笑顔だって俺は知ってる。誰よりも俺が1番知ってる。
リカちゃんは辛い時だって無理して笑うんだって知ってて、そうさせたくないから何も言えなかったのに…。
今、目の前にあるのは1番見たくなかったその笑顔だった。
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