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そこに入っていたエンジ色を見て、どうしようか迷ったけれど目は合わせないまま隣に差し出した。気付いた父さんがそれを受け取る。
「……やる。早いけど父の日」
「え?」
「ついでだから!他の用意すんの面倒なだけだから!!」
おずおずと箱を開けた父さんがそれを取り出した。
表は無地のエンジ色…一見すると普通過ぎるネクタイを手に取る。裏返した父さんの目が見開く。
「慧、これは?」
「名前、父さんの名前の航って船のことだと思ったから…一応、ヨット」
「これがヨット………てっきり燃えてるキュウリかと」
父さんが何か言った気がして見ると、笑って首を振られた。なんだかその口元が引き攣っている気もするけど、どうやら嬉し過ぎて感動しているらしい。ただの頑固親父なのにネクタイ1本で喜ぶなんて簡単な男だ。
父さんが渡したネクタイに夢中になってる隙に、俺は残る2本を確認しようと箱を開けた。想像通りのデザインに想像以上の出来栄えの刺繍にニヤける。そして裏には俺のイニシャルだ。リカちゃんのじゃなく俺の。
俺のモノだって証拠のそれを満足気に見つめていると、横から覗き込んできやがった頑固親父が唸った。
「なんだよ。これは父さんのじゃねぇからな」
「いや、それはわかっている…が、そこに描かれているのが何かわからない」
「あ?」
父さんがそこ、と指さすのは黒と青のネクタイにそれぞれ描かれた俺のご自慢のイラスト。
我ながら上出来だと大満足な……
「どう見てもウサギだろ」
「ウサギ……」
「板チョコ咥えたウサギさん。そんなのもわかんねぇのかよ」
「私には吐血している宇宙人にしか見えない」
こんなに上手く描けたイラストが何かわからないなんて、父さんはマジで絵心がない。そういうところも頑固だし、そういや星兄ちゃんもいつも俺の絵が何か当てられなかったことを思い出した。
ウサギの刺繍を指でなぞる俺に父さんが聞く。
「なんでウサギにチョコレートなんだ?普通は人参だろう」
「俺ニンジン嫌いだから。チョコが好きだからこれでいいんだよ」
隣から聞こえる深いため息。別に父さんのじゃないんだから放っておけばいいのに、わざわざ反応してくるのが鬱陶しい。
ネクタイ3本分の会計を済ましていると店内を見て回っていた父さんが近づいてくる。その手にはスーツの掛かったハンガーが握られていて、俺を見て言った。
「そういや慧もそろそろスーツを用意したらどうだ?これから必要になるんだし」
「あー…いや、この前買ってもらったからいい」
父さんの眉間に皺が寄る。俺にスーツを買いそうなヤツはアイツと恒兄ちゃんぐらいだからだろう。
どっちだと思ったのかは知らないけれど、父さんが不機嫌な表情のまま俺の手を引き、試着室まで向かう。
中に押し込まれ持っていたスーツ一式を渡された。受け取るまいとする俺と、押し付ける父さんの戦いが始まる。
「だから必要ないってば」
「私が買いたいんだからいい。必要かどうかは関係ない」
「関係あるだろ…何にライバル心燃やしてんだよ」
一体何に対して意地になっているのか、買うと言って頑なに譲らない。とりあえず着てみるだけだと試着したそれは、サイズが少し大きかった。
リカちゃんが選んだときはほぼピッタリで少しの直しで済んだのに、父さんだとそうはいかない。
「なあ、これちょっと大きいんだけど」
試着室の扉を開けて父さんに見せる。さっきまで不機嫌だった顔に、わかりにくいけど笑みが浮かんだ。
「やはり私の目に狂いは無かったな。1つ小さいサイズにして細かいところを直してもらえば問題ないだろう」
「いやさ、だから要らないって言ってんじゃん」
「こどもの日のプレゼントだと思えばいい」
訳わかんねぇ理由をつけてまで買おうとする父さんに、俺は諦めてサイズ直しをしてもらう。でも、それを眺める父さんの目がどんどん柔らかくなっていくから悪い気はしなかった。
渡したネクタイの何倍ものスーツを買ってもらい店を出る。リカちゃんの誕生日は3日後の木曜日。受け取った紙袋を大事に抱えて車に乗り込む。
運転する父さんが、信号待ちの度に助手席に置いた自分用のプレゼントを確認してることに、気付かないフリをしてあげる。
俺の父さんは実は結構な親バカなのかもしれない。
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