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翌日。
学校で偶然見かけたウサギに声をかけようとしたところを他の生徒に邪魔され、それを邪険にすることも出来ず応えているうちにタイミングを逃してしまった。
授業で会わない、呼び出す理由もない。
担任でもない俺が自分から進んで進路相談だなんて言えるわけもなく、職員室の窓から帰っていくウサギの背中を見つめる。
ウサギの無言の怒りに戸惑っている自分がいる。
こんな状況なら、キャンキャン喚いてくれる方がまだマシだ。怒りでもなんでもぶつけてくれたら対処しようがあるものの、シャットアウトされてしまうと何も手出しできない。
恒二に間を取り持ってもらうべきか、それとも直接あいつの家まで行って謝るべきか……悩む俺の目の前に詰まれる資料の山。授業と受験とその他の事務作業と…また頭が痛くなってくる。
クラスが別れたのも授業担当が別なのも仕方ないこと。それぐらいじゃ何も揺るがない自信があったし、今でもそんなの大したことないと思っている。
ところがだ。ところが、たった1日ウサギが家出したぐらいでこんなにも焦ってしまうなんて想定外だった。
主導権はいつも自分が握っていたいのに今の俺はどうだろう。主導権を握るどころじゃない。
完全に振り回され、ペースを乱されている状況。ウサギの一挙一動に気持ちは左右され、通常よりも仕事の進捗は遅い。
ハァ、と深いため息をついた俺の前にプラスチックのカップが置かれる。見上げるとそこにはウサギの担任であり、もう1人の英語教師の姿があった。
自分とは真逆のそいつ…健康的に焼けた肌に短く揃えられた髪。ガタイはいいのに背の低い学年主任が俺に笑いかける。無駄に白い歯がキラリと光った。
「獅子原先生、何か悩み事ですか?受験生を受け持つのは神経使いますからね!!」
「いえ…僕は大丈夫ですよ」
余計な心配などされなくても、大丈夫。笑って返した俺に、そいつは全くと言っていいほど耳を貸さない。
一段と声を張り上げ熱弁を奮う。
「でも大丈夫!!何かあったら頼ってくださいね!同じ進学組を持つ、同じ教科の教師同士、手を取り合っていきましょう」
「いや、だから平気です……って聞いてないですね」
教師の中でも一際熱血だと噂のそいつは、何を思ったのか俺が打ち込んでいたパソコンを閉じた。
瞬時にどこまで保存していたかを思い出す俺を尻目に、その熱血代表は声高らかに言う。
「そうだ!!せっかくですし今夜はみんなで親睦会でも開きましょうか!!学年の先生みんなで決起会を!!」
なぜそうなる…。
なぜ人の仕事を途中で中断させてまで話しかける必要があったのか、そしてなぜ急に親睦会だなんて、はた迷惑なことを言い出したのか。
その答えは、この熱血教師のプライベートすぎる事情だった。
「実は妻が実家に帰ってしまいましてね。1人の夕飯なんて寂しいじゃないですか!獅子原先生がいい人で良かった!!」
「あの、僕はまだ行くって返事してな、」
「そういえば獅子原先生も独り身でしたね!!寂しい男同士、今日はとことん語り合いましょう!!では後ほど」
人の話を全く聞かずに男は自分の席に戻った。けれど、聞こえてくる話し声に「今夜の店は」だとか「教頭先生もお誘いした方が」だとかが聞こえ、断れる雰囲気じゃないのは嫌でもわかってしまう。
巻き添えをくらったとしか思えない苛立ちと、勢いに押されて断りきれなかった自分が悔しい。何よりも悔しいのは、あの男の言った言葉だ。
『妻が実家に帰ってしまった』 『寂しい男同士』
俺はお前と違う。心の中で言い返し、眉間を抑える。
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