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やっとのことで家に帰り、時計を見るともう日付が変わっていた。ポケットから取り出したスマホには桃からのメールのみ。
なんて寂しい誕生日の迎え方なんだろう。
なんとも思ってない、むしろ関わりたくない男に半ば強制的に連れられ、聞きたくもない話を聞かされて終わった27歳。
最後に言われたことといえば「早く嫁をもらえ」というお節介極まりないもの。
「その嫁に出て行かれたくせに偉そうに言ってんじゃねぇよ」
独り言が1人の部屋に響く。
学生でもあるまいし、わざわざ誕生日を祝ってほしいなんて思ってないけれど…ウサギにだけは祝ってほしかったのが本音だ。特別なプレゼントなんて要らなくて、ただ「おめでとう」と一緒に迎えてほしかっただけなのに。
一緒に暮らし始めてからの方が遠く感じる。正確には、やり直してから感じてた2人の温度差が、さらに大きくなったと言うべきだろうか。
行き過ぎた自分の愛情に追いついてくれないのは承知で、同じだけ返してほしいとは思っていない…受け入れてくれればそれだけでいい。
呆れながらも隣に置いてくれたらそれでいいのに、それすら叶わない。
暗い気持ちを流すようにシャワーを浴び、全然飲めなかった分をビールで補う。まさかこの俺が誕生日に1人酒を煽ってるなんて誰が思うだろう。
放っておいても誰かが寄って来ていた昔の自分。イベント事なんて、面倒かつ億劫でしかなかった昔の自分に言ってやりたい。
数年後のお前は10歳以上も年下の、しかも自分の生徒に振り回され追いかけてるんだって。自分だけを見てほしくて、でも言えなくて言いたくて、やっぱり言えなくて笑って誤魔化すんだって教えてやりたいと思った。
「って今は俺の生徒じゃねぇか……あー…面倒くっせぇな…」
1本目の缶を一気に飲み干し、2本目のプルタブに指をかける。プシュッと軽快な音と共に零れた泡が指を汚し、それを咥えた。
もしこれが慧の指だったら…もしも今、口の中にあるのがあいつの指だったなら。
優しく舐めて、尖らせた舌先で指の輪郭を辿って。俺がいつも整えてやってる爪に歯を立てる。そうしたらあいつはビクッと身体を震わせて嫌がる。
けれどそれは嫌がるフリだ。あの綺麗で強い瞳には妖しい光が混ざり、いつしかそれが占める。
全身が媚薬のような恋人を想いながら咥内の指を噛む。走った痛みにそれが自分のものだったのを思い出し、ずるずると身体がソファに沈んだ。
「駄目だ…寝よ」
半分も減っていない缶の中身をシンクに流す。
証拠隠滅の為に潰した空き缶を分別用のゴミ箱に捨てた。資源ごみの日までにウサギが帰ってくる保障なんてないのに、女々しい自分に嫌気がさす。
明日の用意を軽く終えて潜り込んだベッド。いつもは暖かい右側が寂しくてリビングに置いてあった灰色のうさぎを迎えに行った。
久しぶりに一緒に寝るそいつは、円らな瞳を閉じることはせず俺を見つめ続ける。
「慧君、そんなに見つめられてちゃ眠れないんだけど」
応えるわけないぬいぐるみに話しかけるなんてあり得ない。こんなの俺じゃないって思いながらも口は勝手に動く。
「誕生日おめでとうリカちゃん、って言って」
「……」
「ほら、早く言えよ」
「………」
「言わなきゃお仕置きしちゃうぞ」
「…………」
あまりにも虚しくなって枕に顔を埋めた。数日前までウサギが使っていた枕。カバーは変えたけれど、これをあいつが使っているんだって思って顔を擦りつける。
会いたい会いたい会いたい。
早く慧に会ってリカちゃんって呼ばれて、そして泣かせたい。
「今泣きそうなのはお前のくせに」
隣の偽物のうさぎがそう言った気がして、俺は布団を頭から被って聞こえないふりをした。
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