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理由は聞かないと決めたものの、顔を合わせて話をすると嫌でも視界には入る。意識して視線を背ける俺に気づいたのか、幸はガーゼの上から頬杖をついた。
「んで、今日は何があったん?」
「は?」
「さっき歩がどうたらって言ってたやん」
「ああ、そのことで幸に聞いてもらいたいんだけど……」
歩にさっき言われたこと。昨日のリカちゃんと鹿賀のこと。自分の気持ちを含めてその話をしているうちに、すっかり幸の怪我のことは頭から抜けていた。
「──というわけで、俺の目の前でプレゼントするって無神経すぎるよな?」
「いや……まあ、それぐらいなら」
「幸まであいつの味方すんのか?!」
信じられない。あの幸が、いつだって俺の味方だった幸が敵に回り、驚いてしまう。すると幸は違うと言いながら手を振った。
「だってな、わざわざ買ったわけでもなく持ってたの渡しただけやろ。それも読み終わって必要ないやつやん」
「そうだけど。それなら、俺の見てないとこですればいい」
「それはそれで嫌ちゃう?後から知った方がモヤモヤすると思うけどな」
言われてみれば、そんな気もする。リカちゃんがそれを考慮していたのかは微妙だけど、やましい気持ちがないのはわかる。
そもそも、鹿賀は男だ。いくら俺とリカちゃんが付き合っているからって男も女も敵視してたらキリがない。
だけど相手はリカちゃんで、あいつなら間違いが起こるんじゃないかって気持ちも残っているのは確かだ。
頭の中で考えていることと、心で感じることが正反対を向く。どちらも本当の気持ちで、どちらを優先していいかわからなくて唸った。
すると幸がペンケースに入っていたシャーペンの芯を俺に寄越してくる。
「何これ?」
「どう見てもシャーペンの芯やん」
「じゃなくて、なんで渡してくんの?」
別に欲しいとも思っていないものを押し付けられ戸惑っていると、幸はそれを俺の鞄の中へと放り投げた。ノートの隙間を縫って底へと落ちる。
「俺な、筆圧強いからそれやと折れんねん。使えへんから貰って」
「別にいいけど……」
答えると幸は「ほらな」と悪戯に笑った。
「俺は必要ないもんをあげた。ウサマルは持ってても困らんもんを貰った。バンビちゃんと彼女ちゃんも、これと同じやろ?」
幸にそう言われて、鞄の中にあるシャーペンの芯を見つめる。
一時の感情でカッとなり、目の前のこと全部が怪しく思える。自分の予想だけで動いちゃ駄目だって反省したはずが、時間が経つとそれを忘れてしまっていた。
それを思い出させてくれたのは幸だ。まだまだ引っかかることはあるけれど、少しだけ気持ちが軽くなった。
「俺……嫉妬深すぎんのかな」
直せと言われても簡単には無理だけど。もしこれが原因でリカちゃんと気まずくなるのならば、少しは改善した方がいいだろう。
昨晩と今朝の自分の言動を思い出しながら、八つ当たりしていなかったかを省みる。すると幸は、小さく笑って持っていた飴を机に転がした。
「あんまり難しく考えん方がええで。考えても、その通りいくとは限らんし」
「だけどさぁ……」
「それにな。そういうウサマルが嫌なんやったら何年も続かんやろ?変なとこでマイナス思考やな」
飴の包み紙を開いた幸は、取り出したそれを俺の口へと押し当てる。
「ほら、あーんしてみ」
口内に入ってきたのはコーヒー味のそれだった。
「これ…すげぇ苦いんだけど」
「ウサマルはお子ちゃま舌やからなあ。この苦さがええねん」
「俺には全然良さがわかんねぇ」
こんな苦いものより甘いものがいい。眉を顰めると、幸は同じものを自分も食べながら言う。
「俺にとっては美味しいのも、ウサマルにとっては違う。それと同じでウサマルが嫌な自分も、彼女ちゃんにとっては大好きなところかもしれん」
コーヒーの匂いをさせながら、のんびりとした口調で幸は言葉を続けた。
「不安なら聞いたらええねんて。1人で悩むより、そっちの方が簡単やろ?」
目と目が合って、にっこり笑ってくれた。傷のできた唇の端が痛々しく見える。
それでも、やっぱり幸は幸だ。
優しくて甘いのに正しい。押し付ける正しさじゃなく、気づかせる正しさ。
俺の知っている蜂屋幸は、誰かに恨まれたり嫌われたりはしない男だ。
「なあ、幸は昨日のやつから何か借りっぱなしなのか?」
なんとなく問いかけた俺に、幸は首を傾げた。
「何か借りてるなら早く返せよ。じゃないと、また盗られたって誤解されるだけだろ」
「なんで誤解やと思うん?」
訊ねてくる幸に、はっきりと答える。
「幸は、人が嫌がることをするわけないから。お前はそんなこと絶対にしない」
言い切った俺を、笑うことをやめた幸が見つめる。
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