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小さなため息とともに落ちた電源。真っ黒に変わった画面に映るのは、表情を無くした自分の顔だった。
この顔をウサギは気に入っているらしいが、自分では何がいいのかよくわからない。
作り笑いで固まった頬に、無理に弧を描いた目。変えられないのは鼻の造形だけだが、それすら偽物に見える。
それを見たくなくてパソコンを閉じると、見たくないものが視界からやっと消えた。
「獅子原先生、鹿賀の様子はどうですか?」
不意にかけられたのは、1番聞きたくない人物の名前だ。その言葉の主が俺を見て苦笑いを浮かべる。
鹿賀を預かることは既に学校側には報告してあり、教頭を始めとした関係者なら既知の事実だ。特にこの男、鹿賀の担任ならば知っていて当然でもある。
「熱はそれほど高くなかったので、明日は登校させますよ」
俺の返答に安堵したかのような顔をする。それを見ると、無性に苛立った。
どうして自分が受け持ちでもない生徒の面倒を見なければいけないのか。どうしてプライベートを使ってまで応じなければいけないのか。
担任のくせに人に押しつけ、けれど形だけで気にかける様が正直好まない。
「なんなら電話してみますか?」
試しに聞いてみた質問。それに鹿賀の担任は、焦ったように首を振る。
「いっ、いいです!!体調が悪い時に無理させるのもなんですし…それに僕は鹿賀と話したことも数回なので!」
「それなら、この機会に鹿賀と接してみるのも良いと思いますよ。確か先生は独身の独り住まいでしたよね?」
「えっ?!いや、僕は」
「……冗談ですよ。引き受けたからには、出来る限りのことはします」
あからさまに胸を撫でおろす相手に退勤を告げ、職員室を出る。ポケットから取り出したスマートフォンには、桃からのメッセージしか来ていなかった。
「倦怠期かどうか悩むのは俺の方だろ……釣ったからには責任もって餌をくれないと」
けれども惚れたもの負けとも言う。それならば自分が勝てる要素など、万に一つもないのだと認めざるを得ない。
別にこれぐらいのことで不安になったりしない。自分自身に自信はなくとも、ウサギのことを誰よりも想っている自負はある……けれど。
車窓から見える景色が移りゆくよう、人の気持ちも変わっていく。掛け違えたボタンを戻すのは簡単でも、すれ違った気持ちを軌道修正することは容易ではない。
多くを望まない代わりに邪魔は絶対にさせない。その為に何が必要なのか、どうするべきなのかを考えながら車を走らせる。けれど5分程度の道のりでは何も浮かばず、やはりため息だけが残った。
部屋ではまた2人が向かい合っているのだろうか。
あれだけいがみ合っていたのに、すんなり壁を取っ払ったウサギをまた見なきゃいけない。
でも投げ出すことができない理由があって、交わした約束があって、それを決めたのは自分で。そう考えると耐えるしか道はないと行き着く。
足を動かすのが億劫で、玄関の鍵がやけに重たく、そして見えてくるリビングの明かりが痛い。
それでも、俺は笑って扉を開ける。
「ただいま」
それがたとえ偽物だとしても。求められるなら笑顔を絶やさない。
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