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俺に向けられる黒い瞳は、1人が怒りで1人がよくわからないものだった。
後者のリカちゃんが静かにそれを伏せて、俺の握っていたスマホを顎で指す。
「慧君、鹿賀から連絡来てるんじゃないの?」
暗くなった画面から、リカちゃんがどうしてそれを知っているのかわからない。黙って首を傾げる俺に、その答えを教えてくれる。
「さっきの歩と慧君の会話、全部聞こえてたから。とりあえず見てみれば?」
リカちゃんに言われて確認した鹿賀のメッセージは、迎えに来てでもなく謝罪。怒らせた歩じゃなく、俺への「すみませんでした」だけの簡単なものだった。
捻くれすぎてる鹿賀からの謝罪に、今すぐ連れ戻したくなる。でも行き辛くて、歩とリカちゃんには言い出せなくて唇を噛んだ。
するとリカちゃんは俺を見たまま笑う。
「迎えに行ってあげなよ」
笑って告げられた言葉は俺の耳を通り過ぎていく。聞き間違いかと思うほど、流れていく。
「え、だって……」
前に同じようなことがあった時、鹿賀を探しに行こうとした俺をリカちゃん止めた。それなのに今回は自ら勧めてきて、それがなんだか気に入らない。
『俺は理解ある大人だから気にしてません』ってふりをしているように見える。だから俺は動かず、リカちゃんを真っすぐ見て訊ねた。
「なんで前は駄目だったのに、今回はいいんだよ?」
「止めても怒って、止めなくても怒る。慧君はワガママだね」
「それ答えになってない。ちゃんと質問に対して答えろ」
歩は俺に怒ってて、俺はリカちゃんに怒ってて、そしてリカちゃんは笑ってる。1人だけ笑ってて1人だけ余裕で、それが悔しくて「リカちゃん」と呼んで催促すれば、目の前にある笑みが深くなった。
「だって慧君は鹿賀を守ってやるって決めたんだろ?それなら何があっても、誰に止められても貫かなきゃ。受け入れたなら最後まで付き合ってあげなよ」
俺の視線から逃げることなく、リカちゃんは正面からぶつかってくる。強くて一直線で、それでいて深い黒色の瞳が俺だけを見つめる。
「現に鹿賀は慧君にだけは謝った。今の鹿賀が求めてるのは慧君…それに応えてあげるのが慧君の言う優しさなんじゃないの?」
「だから追いかけろって?リカちゃんは俺にそうしてほしいのか?」
「慧君が言ったんだよ、優しくしてやれって」
俺はこの台詞を何回聞いただろう。何かある度にそう言われて、その通りだけど違うって言いたかった。でも何が違うか自分ではわからなかった。
けれど今ならわかる。俺がリカちゃんに求めてるのは、こんな押しつけがましい優しさじゃない。
「……なんだよ。何かあったらすぐ俺が言ったからって。俺が言ったから、仕方なく優しくしてやってるって言いたいのか?!だから最近俺に冷たくすんの?俺が鹿賀に優しくしろって言ったから、俺への分を減らして鹿賀に回してるって言ってんの?!」
怒鳴るように聞いた俺に、リカちゃんは一言「慧君がそう思うなら、そうなのかもね」とだけ答える。その様子がまた気に入らない。
なんで怒ってる相手に冷静でいられるんだろうか。
それは、リカちゃんが俺を相手にしていないからだと思った。言われた言葉の裏には『お前のワガママに付き合っている』が隠されている気がした。
頭の中がぐちゃぐちゃで、何を言ったらいいのかわからない。
こういう時、桃ちゃんなら何を言うだろう。美馬さんならどうやって説明するだろう、拓海なら身振り手振りで必死に伝えるんだろうか。
幸なら、幸なら上手く纏めてくれるんだろうか。
幸なら笑って「仕方ないな」って言って、今回だけだと折れてくれる。
だって幸は誰に対しても優しいから。誰も傷つけず、誰も困らせず、誰も悲しませない優しいやつだから。幸には無限の優しさがあるから。
だから、俺はリカちゃんにもそうあってほしい。
「もし俺が……俺が、幸みたいにしろって言ったら、リカちゃんはその通りにしてくれんの?」
リカちゃんが首を傾げ、隣に座る歩に「幸って誰?」と問いかける。それが1度会ったことのある赤毛だとわかり、また俺を見た。
何も答えないリカちゃんに再び言う。
「俺、リカちゃんに幸みたいになってほしい」
告げて数秒後、顔の横を何かが通り過ぎていく。壁にぶつかり床に落ちたそれは、テレビのリモコンだった。
立ち上がった歩が俺を睨みつけるその隣で、リカちゃんは静かに……静かに笑っていた。
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