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慣れない自転車の後ろは不安定で、前に座る幸の服の裾を掴む。どんどん家から離れていく景色が寂しいのか、それとも安心するのか、その答えは見えない。
「ウサマル、今日の夜は何食べたい?」
風を切って聞こえる幸の声。俺も負けないように答えた。
「夜って、お前バイトは?」
「休み!!今日も明日も、休み!」
「はっ?!」
週末は絶対に休めないと言っていたのに、肝心な日に連休なんて大丈夫なんだろうか。後ろからは幸の顔が見えなくて、それが本当かどうかわからない。
「休んで大丈夫なのか?」
掴んでいた裾を引き、こちらへ向かせる。肩越しに見えた幸は、いたずらに眉を上げた。
「大丈夫なわけないやん」
「じゃあなんで……」
「暇すぎて死ぬ!だからウサマルがいてくれると、俺めっちゃ助かるねんけど」
前を向きなおした幸は食べたい物をどんどん挙げていく。そんなのどこで食べれるんだよって思うような、世界一長い流しそうめんとか。あまりにも現実味がなくて笑うと、幸は拗ねたのか漕ぐスピードを上げた。
「幸っ!危ないって!!」
「うっさい。俺のこと笑うなら、ウサマルは何がいいん?」
「俺?俺は……お菓子の家とか?」
なんだか無性に甘い物を目一杯食べたくなって言うと、前からは気の抜けた声が返ってくる。
「お菓子の家って夢見過ぎやろ。それこそ、どこにあんねん」
「夢じゃねぇし。今年のバレンタインにリカちゃんが作っ……」
途中で噤んだ唇。今度は噛み締めた唇。なんで今、ここでリカちゃんのことを思い出してしまうんだろう。自分が悔しい。それを考えたくないから幸の所に来たのに、自分で自分を苦しめてどうするって話だ。
考えたくなくても頭に浮かぶ。今頃何をしてるんだろう、何を考えているんだろう。考えたくない、なのに考えてしまう。
リカちゃんが頭から離れてくれない。
すっかり黙ってしまった俺を、幸は変に思っただろう。今度こそ「どうした?」って聞かれることを想像して、何て答えようか言葉を探す。けど見つからなくて諦めた。
「なあ、ウサマル」
こちらを見ることなく話を切り出した幸に、肩が跳ねる。ビクッとなったその動きは、ちょうど揺れた自転車が上手くごまかしてくれた。
安堵の息を吐き、できるだけ普通に返さなきゃいけない。
「なんだよ」
「ウサマルって、やっぱり……そうやんな?」
「そうって……何、が?」
幸に話していないことが多すぎて、どれを言われているのかがわからなかった。だから聞くしかない俺は、今やドキドキしすぎて死にそうだ。
聞かないでと思う一方で、自分から言い出せないんだからタイミングが良いとも思う。歩に押し付けたって言われて怒ったくせに、今の俺は幸から切り出してくれるのを待っている。
トク、トクと鼓動が早くなるのを感じながら聞いた幸の言葉。それはもう、どうしようもないぐらい幸らしかった。
「やっぱりな、ウサマルももんじゃ焼き派?俺な、あれめっちゃ苦手やねん。あれと納豆だけは、死んでも食べへんって決めてる」
力の抜けた足が後輪に当たり、ふらふらとよろける。俺の緊張を高めやがったくせに、どうでもいいことを聞いてきた幸の脇腹を抓った。
「ちょっ、やめ!痛い、痛いって!!」
「お前がバカなのはよくわかった。クッソどうでもいいし、俺も納豆は嫌いだ」
「わー、仲間……って、抓るのやめて!」
左右に揺れながら、それでも俺を落とさない幸の運転は続く。
結局今日は家でお好み焼きを作ることになって、向かうのは幸の家の近くにあるスーパーだ。お互い全く料理をしないから、スマホを片手に売り場を歩き回って笑って、呆れて、ふざけてした買い物はかなりの時間がかかってしまった。
散らかった部屋も、朝起きた形跡の残るベッドも、歪な形のお好みやきも。今までの俺には全部なかった物。
大学に入って幸と出会い、幸と仲良くならなければ知らなかった物。
格好つけて熱々のそれを口に含んだ幸が涙目になり、見るな、と照れたように笑う。それを見ただけで俺はどうして。
どうして泣いてしまうんだろう。
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