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理由も告げずに涙を流す俺を、幸は黙って見つめる。数秒だけ向けられていた視線は、何を意味するんだろう。目の前で泣き出した俺を見て、幸は何を思うんだろう。
言わなきゃいけないことと、考えなきゃいけないことがたくさんあるのに涙が止まらない。男のくせに誰かの前で泣くなんて、情けないのに止まらない。
けれど、幸は拭けとは一言も言わなかった。
「……悪い。ちょっと色々あって、でももう大丈夫だから」
ようやく止まった涙を拭い、鼻をすする。もう食べる気がしなくなった箸を置き、俯く俺は見えていなかった。
眉を寄せる幸の目元も、下唇を噛む口元も。テーブルの下で握られた、固い拳も。
自分のことに夢中で、今まで何度も言ってきた「幸は優しい」の一言が、どれだけ幸を困らせていたかも。
見えているものだけで判断するなって言われたのに、また同じ失敗をする。
「俺の初恋は小学5年生の時やった」
突然話し始めた幸を見る。頬杖をつき、カーテンの隙間から外を見ている横顔は、俺の知っている幸とは少し違っていて、変な気持ちだ。
「その子はおとなしい子で、でも友達が多い子やった。俺もその子と仲良くなりたくて同じ係に立候補したり、掃除場所も一緒の所を選んだり……そのうち話せるようなって、ほんまに楽しかった」
何かを言う代わりに鼻を鳴らす。ぐすっと鳴った俺を見た幸が、近くにあったティッシュの箱を差し出してくれた。踏んだのか、潰れたそれを受け取って鼻をかむ。
ゴミ箱に投げた丸めたティッシュが入らなくて転がると、すかさず拾った幸が捨ててくれた。
「俺な、昔は人と話せんくて内気やってん。特に女の子とは何を話したらいいかわからんかった。でもやっと好きな子と話せたから嬉しくて、どんどん自分から話しかけに行った。その子だけに、その子にしか話さんかった」
「意外。幸はずっと幸だと思ってた」
「ずっと幸って意味わからんやん。まあ、そんな感じで俺から女の子に話すんは1人だけ。そのうちどうなったと思う?」
聞かれてもわからなくて首を傾げる。すると幸は、ヘラッと笑って教えてくれる。
「その子は学校に来るのをやめてもた。しばらくして、どっかの田舎に転校して、ああ俺の初恋終わってもたやんって。初恋は実らへんって、ほんまやなぁって思った」
「幸……」
「でもな。これには続きがあんねん」
「続き?」
また再会して、今度こそ付き合えた……とか。親の仕事の都合で1度は離れたけど、本当は両想いだったとか。とにかく良い話なんだろうな、ってことがわかる。
だって幸が笑っているから。窓の外を見て、微笑んでいるからだ。
「中学でも同じことが起きた。その時は彼女やってんけど、付き合ってしばらくして学校を休み始めて……夏休みが終わると同時に何も聞かされんまま転校した。その次の彼女の時は転校はなかったけど、1ヶ月もせんうちにフラれて、それから卒業までずっと無視された」
浮かべる表情とは真逆のことを言った幸が正面を向く。
言葉にしたのは悲惨な話なのに、そこにはやっぱり笑顔があって、けれど下唇に歯型が見えた。
「知らん間に壊れて、何も知らんまま終わる。それを3回繰り返した」
初めて、幸の見えない部分を知った瞬間だ。
「俺と関わる子は絶対おらんくなる。なんでやろな」
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