アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
171
-
「言いすぎた、ごめん!で終わったらええやん。だって、ウサマルにはそれを言える相手がおるやろ」
呑気な顔と声で言った幸は、唇の端を上げる。
「俺は、謝らなあかん相手に無視されて逃げたからな。1年無駄にして結局は転校してもたし」
「それが留年の理由?」
「そう。苛められて不登校、もっさい格好にして学校も変えて今に至るってわけやな」
幸が頭を揺らす度に赤い毛がふわふわと動く。すっかり見慣れたこの姿は、幸なりの予防策だったらしい。
今までの失敗をまた犯さないように。たとえ顔はイケメンだったとしても、その正体が毛玉だったら敬遠するやつは多そうだ。
「言い過ぎたとは思ってるけど……けど、先にぐちぐち言い出したのはリカちゃんだし。なんで自分は良くて、俺が鹿賀に優しくすんのは駄目なんだよ。意味わかんないだろ」
幸に話を聞いてもらっても、俺の不満はなかなか拭えない。自分だって鹿賀の為に何かしたくせに、俺がしようとすると怒るリカちゃんが理解できない。
「だいたい、なんでリカちゃんは隠すわけ?いじめられてた事は言わなくても、事情があるんだって言えばいい話じゃねぇかよ」
かいた胡坐の膝の上に肘をつく。頬杖して不貞腐れる俺に幸が向けるのは苦笑いだ。
「そんなん、素直に言ったらウサマル余計怒るやろ。中途半端に教えられても不満が募るだけやで」
「でも!」
「それに。ウサマルはバンビちゃんに優しくしてやれ、可哀想やってのを押し付けてるやん。それって自分よりバンビちゃんを下に見てるんと変わらんくない?」
ヘラヘラ笑っていた幸の顔が、急に済ました凛々しいものに変わる。赤の混じる茶色の瞳は、笑った形じゃなくて真剣な形をしていた。
「ウサマルは自分より可哀想な子やから優しくすんの?それっていつまで?バンビちゃんが立ち直って、次違うやつがまた現れたら同じことすんの?」
「幸?」
「バンビちゃんと仲良くなってから、ちゃんと恋人と向き合えた?リカちゃんならわかってくれるから、そう思って後回しにしやんかった?」
次々にかけられる問いに俺は答えられない。
「バンビちゃんを優先して、相手に押しつけんかった?全部自分の判断で動いて、相手の気持ち無視したりせんかった?捻じ曲げんかった?」
緩く首を振る。そして、静かに頭を抱えた。
人が苦手なリカちゃんに、俺は「優しさを受け入れられないのか」と責めた。
リカちゃんが守りたかった距離感を無視して、鹿賀が求める関係を強要した。
俺は、いつもリカちゃんを後回しにする。だからリカちゃんは、俺の優しさは自分には向かないって悲しむ。
その悲しみにすら目を向けないで、目の前にいる『可哀想な子』を守ることに必死になって、いつも傷つける。
1番傷つけちゃ駄目で、1番優しくしたい相手をずっと傷つける。
「なあウサマル。俺は、人の優しさって限度があると思うねん。その限られた中で、上手いこと調節して自分と友達と、家族と……恋人を大切にしなあかんのちゃうかな」
顔を覆う俺の手に、幸の指が触れる。けど一瞬でそれは離れて、隣から息を吐く音が聞こえた。
「みんなに優しく誰も傷つけず、みんな幸せに過ごすんは不可能やろ。絶対どこかで誰かが我慢したり、辛い思いしたり、傷ついてるのを隠すことになる。ウサマル達の場合、その割合が崩れてたんちゃうかなぁ」
「それは、そう……だけど」
「誰かを選べば誰かが傷つく。誰も選ばんかったとしても、やっぱり誰かが傷つく。これが現実やと思うで」
鹿賀と話せるようになって、友達感覚で接してた俺。
俺と友達になりたいと思って、けど隠し事を話せずにいた鹿賀。
その全てを知っていて、鹿賀が自分から口にするまで黙っていたリカちゃん。
俺に優しくないと怒鳴られて、俺の理想とする優しさを求められ続けたリカちゃん。
でも、俺だって自分なりに考えた。それは見えていることだけだったかもしれないけど、確かに考えた。
もし鹿賀が、さっさと本当のことを言っていたら、俺はリカちゃんと喧嘩しなかったかもしれない。もしリカちゃんが鹿賀との約束を破って、俺に全部を話してくれていたら……。
俺はどうなっていただろう。鹿賀は、今頃どこで何をしていただろう。
その答えは、きっと『1人』だ。もしリカちゃんが俺に鹿賀の全てを話していたら、俺は鹿賀の話を聞くことはなかった。
『でも』『だって』『もし』
それを言っても、やっぱり何も見つからない。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
988 / 1234