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俺たちの前まで歩いて来たリカちゃんが聞くのは、俺じゃなく幸に向けて。その答えを待たずに腕時計で時間を確認し、科目室の鍵を開ける。
「とりあえず入れば?外は熱かっただろ?」
もちろん、この問いかけも幸に対してだ。だって、リカちゃんは俺に入るかどうかなんて聞かない。
「いや、俺は予定があるから」
中へと促すリカちゃんに幸が断り、リカちゃんはそれに軽く笑う。固まったままの俺は、もう何が何かわからなくてパニックだ。2回しか会ったことのない2人の様子に、正直戸惑いが隠せない。
「ウサマル、どないしたん?」
「え、あ……えっと」
「アホみたいに口開けて、何をボケっとしてるん?」
そんな俺に話しかける幸が、かなり近い距離で覗き込んでくる。それを手で遮ったのはリカちゃんで、俺と幸の間に入って邪魔をした。
さっきまで目の前にあった赤い髪が消えて、リカちゃんのスーツが視界に飛び込んでくる。皺1つない真っ黒なそれが、俺の前に立ち塞がる。
「こら、いくらなんでも近すぎ。俺はそこまでは許してない」
「めっちゃ心狭いやん。初めて会った時の余裕どこ行ったん?」
「あの時はあの時、今は今。あんまり煩いと、お前だけ不法侵入で突き出すぞ」
「なんでやねん……横暴にも程があるやろ」
どうして幸は敬語じゃないのだろうか。リカちゃんと幸の距離が近すぎる気もするし、こんなに仲良さそうに喋るのが不思議で仕方ない。
頭の中でなんとか解決を試みる俺の目の前で、2人は淡々と会話を交わす。聞こえているけど聞こえていない状態の耳を、その声が通り過ぎていく。
そのパニック状態から俺を開放してくれたのは、他でもないリカちゃんだった。
ポン、と頭に乗った手が懐かしい。最後にリカちゃんが俺に触れたのは喧嘩した時で、どこをどんな風に触られたのか覚えていない。
腕を握られたのかもしれないし、肩を掴まれたのかもしれない。でも言えることは、こんなに優しくなかった。
こんな風に、心が温かくならなかった。
この触り方とこの匂い、この体温が正解なんだって思ったりしなかった。
触られたところを凝視すれば頭の上で誰かが笑う。
低すぎない笑い声と、掠れた吐息は覚えのあるそれで、目を上げると合わさるのは馴染み深い黒い目。
緩く弧を描いた左目尻にある、小さなほくろも変わらない。
「3日ぶり、慧君。蜂屋から聞いたけど、ちゃんと眠れてない上にあんまり食べてもないんだって?」
「……リカちゃん」
その通りだって言いたい。お前の所為で無駄に悩んで、死ぬほど考えて、俺はもう限界なんだって言いたい。でもそれより先に、たくさん酷いことを言ってごめんって言わなきゃいけない。
「リカちゃん、俺」
いっぱい考えてわかったことがある。まだわからないこともあるけれど、気づいたことがある。
そして言うべきこともある。
『リカちゃんの話を、まともに聞かないで決めつけて悪かった』
言うつもりだったはずのその言葉が、上手く出てこない。
「リカちゃん、俺……俺」
あともう少し。もう5分、いや10分かもしれない。ちゃんと謝るから、だから「もう知らない」なんて言わないで。
その気持ちを込めて、開いては閉じてを繰り返す唇を噛んだ。次こそ言ってやると決意し、軽く深呼吸をしたと同じタイミングだった。
「悩ませてごめん。でも、久しぶりに慧に会えて嬉しい」
俺が言うつもりだった台詞をリカちゃんが奪う。
予測していた「知らない」じゃなく、俺が言うべきはずの「ごめん」をリカちゃんが言ってしまう。
それを聞いた俺は今、すごく情けない顔をしてるんだろう。泣きそうな、けどひどく安心した顔してるんだろう。
だって、俺を見る幸の顔が、これでもかとニヤついているんだから間違いない。
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