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「こういう言い方をすると慧は冷たいって言うかもしれないけど、俺は桃にも豊にも言わないことが多い。どれだけ長い付き合いだったとしても、俺の中で越えられたくない一線があって、それはあいつらも同じだと思う」
「高校からの友達なのに?」
「相手が友達や家族だったとしても、自分の中で境界線を作らないと苦しくなる。どこかに重点を置けば何かが疎かになるし、その全てを大事にして、誰も傷つけず誰も蔑ろにせず接するのは限りなく不可能に近い……──俺の言ってる意味、なんとなくわかる?」
訊ねられて頷く。似たようなことを幸も言っていて、きっとリカちゃんが言っているのは、幸が言ったことを具体的に言っていると思ったからだ。
学校の中の、小さな部屋で2人。俺だけを見つめたリカちゃんは、その目に大きくて重たい感情をたっぷり込めて、俺だけに告げる。
「俺の世界には慧しかいない。お前が守りたいと思ったなら俺も従うし、嫌だと思えば容赦なく切り捨てる。覚えていて、俺は慧君の為にしか生きられない。邪魔になるようなら友達だろうが家族だろうが、迷わず切り捨てる」
リカちゃんははっきりと宣言したけれど、でもそれは嘘だと思う。だって、リカちゃんは優しいから。
人に優しく自分に厳しい男だから。
何かを捨てなきゃいけなくなったら、リカちゃんは真っ先に自分を選ぶ。自分が苦労したり苦しくなるとしても、絶対にそうする。
1番は俺で、その次が友達や家族。それから自分の生徒のことを考えて、最後が自分。
それは『みんなに優しくて、けれど俺だけは特別扱いしてくれる』俺の理想の姿だった。
「だからって何をしてもいいわけじゃない。俺の身勝手で慧君を悩ませたし、こんなにも傷つけた。ごめんね」
もっと酷いことを言ったはずの俺じゃなく、リカちゃんが謝る。
悪いことをしたら謝る。誰かを傷つけたら謝る。
それはとても簡単で、でも難しくて、けれど忘れちゃ駄目なこと。たとえ相手が誰であっても、どんなに近くて親しい相手でも忘れちゃ駄目だ。
いや、近い相手ほど大切にしなきゃいけない。
「リカちゃん」
俺が名前を呼ぶとリカちゃんは反応する。喧嘩していても、怒っていても、悲しい時も必ず呼ぶと応えてくれる。
「どうした?」
「……こっち、来て」
ソファから窓まではそれほど距離はない。けれど、その僅かな空間さえもどかしくて、もしかしたらこのまま広がっていくんじゃないかと思った。
どんどん広がって、取り返しがつかなくなるかもしれない。
俺はいつも失敗する。言いたいことが上手く言えなくて、言っては駄目なことを言って。
昔から変わらないその癖を、変えたいと思ったことはある。でも簡単には変えられないし、時間が経てば忘れてしまう。
忘れて思い出して、まただって後悔して、また忘れる。その繰り返しだ。
鹿賀は1度の失敗で友達を失くした。自分が築いてきたものを失くして、親と喧嘩して、学校も行けなくなった。
幸は失敗に気づいて自分を変えようとして、でもそれも上手くいかなくて色々なものを失くした。特別だと思っていた友達を失くした。
じゃあ俺は何を失くすのだろう。今まで何を失くしたのだろう。それを考えて、何もないことに気づく。
だって俺が間違ってもリカちゃんは見捨てない。もう知らないなんて絶対に言わないし、また同じことをしてって責めたりしない。
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