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言葉が欲しい。もっと、もっと自分の気持ちを伝える為の言葉が欲しい。
自分のことを知ってもらう為の、相手のことをわかる為の言葉が欲しい。
そう思って国語の教師になろうと決めたのに、思っているだけでは何も変わらない。変われないからリカちゃんを困らせて、悲しませて、傷つける。今度こそって思って、結局できないから傷つける。
でも、それがわかっていても俺は諦められない。諦めたら全てが終わってしまう。
「やだ、リカちゃん……やだ」
握った拳に涙が落ちる。肌に当たるそれは温かくて、自分が泣いてると気付いた時には、また新しい雫が零れてくる。
ぽつん、ぽつん。少ないけど、確かに落ちてくる。
「──……やだ」
きっと鹿賀の泣き虫が移ったんだろう。じゃなきゃ、俺はこんなことで泣かない。
涙の痕を拭きたいと思っても、この手を離したらリカちゃんがいなくなるかもしれない。そう思うとできなくて我慢する。すると、リカちゃんの左手が伸びてきて、目尻に触れた。
さっきまで吸っていた煙草の匂いが、そこから漂ってくる。
「なんで慧君が泣くの?俺は何があっても慧君から離れられない、許せないと思ったとしても慧君の傍にいるのに。信じられない?」
「違う」
「でも、この手はそうだって言ってる。掴んでなきゃ駄目だって言ってる」
涙を拭ったのとは反対の右手が、俺の左手を包む。喧嘩しても、苛々しても外さなかった指輪をリカちゃんの指先がなぞった。
「慧、俺は比べられることも試されることも嫌じゃない」
俺の予想と歩や拓海、幸から言われた駄目出しをリカちゃんが一言で一掃する。それはリカちゃんと幸を比べたことを後悔していた俺にとって、嬉しくもあり不思議でもあった。
比べたら駄目だって、みんなから何度も言われたのに、リカちゃんは違った。
「極論を言うと、俺はあの赤髪と比べられたからって落ち込むほど繊細じゃない。まず、あんなのに負けると思ってない」
「……俺もうリカちゃんがマイナス思考なのか、自信過剰なのかわかんねぇよ」
「それには理由があるんだけど、まあいいや。とにかく、あれを求められるなら、俺はそれ以上になれる」
言い切ったリカちゃんは本気でそう思っているようで、迷いなどない。しかも本当に叶えてしまいそうだ。
リカちゃんなら何でも叶えてくれる。俺の『リカちゃん絶対主義』は根強くて、言われた通り、リカちゃんの言うことは信じてしまう。
だから否定できずにいると、それを肯定とみなしたのか言った本人が頷く。
「だからね、比べたことはどうでもいい。俺には慧しかいない。慧が何をしても、何を言っても、誰と比べても俺には慧しか見えない。俺が慧から欲しいのは、ごめんじゃなくて他の言葉だ」
「他の、言葉?」
「うん。慧が言ってくれるその言葉があれば、俺は何でもできる。その言葉は、嫌なことも悲しいことも全部忘れさせてくれて、幸せだなって実感させてくれる。ごめんよりも、もっともっと嬉しい言葉」
どの言葉かわからなくて戸惑う。ごめんよりもリカちゃんを喜ばせる言葉を、俺は持っているのだろうか。持っているとしたら、それは何だろう。
考えることに夢中で力の弱まった手。それを解いたリカちゃんは目線の高さまで掲げ、薬指の指輪を見据える。
「ヒントをあげる」
リカちゃんはそう言って、顔を寄せて指輪に口付けた。もう1度、さらにまた。2回、3回とくり返される指輪へのキス、キス、キス。
「煙草にブラックの珈琲。晴れた日の朝と、穏やかな時間。それから……1番は兎丸慧」
指輪に口をつけて言ったリカちゃんが、視線だけを上げた。
「何かわかる?」
訊ねられて頭に浮かんだものは『リカちゃんの好きなもの』だった。
1人になるとよく吸う煙草、何も入れない苦い珈琲。洗濯日和だって笑う朝に、幸せだねって嬉しそうに言う2人の時間。
そして、ワガママで身勝手で、諦めの悪い俺。
考えている間もリカちゃんは指輪にキスをして、その唇を指先まで動かす。軽く爪を食んで、静かに笑う。
言われた単語は別の言葉に変わった。
「好き……なもの?」
疑問形で言った俺に、リカちゃんは責めるように爪に歯を立てる。
「好き、なもの。リカちゃんの好きなもの」
「うん。それで?」
「俺が好きなのはお菓子にゲームに……リカちゃん」
指輪から離れたリカちゃんが、今度は俺の唇に触れる。軽く優しく吸って、リップ音を残した後に残すのは。
「やっばぁ……そのトップ3に入れるんだ?光栄だね、慧君」
幸せそうに微笑む口元と、嬉しいという気持ちを溢れさせた声。苦しいことも、不安なことも忘れさせてくれる甘く蕩ける眼差し。
俺が好きで好きで仕方ない、全て。
「リカちゃんが好き。俺が好きなのはリカちゃんだけだ」
その全てが好きだ。
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