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服の上から身体のラインをなぞるリカちゃんの手。ほんのり冷たいその感触と、綺麗すぎるリカちゃんの顔に心が揺らぐけれど、素直に明け渡す俺じゃない。
最後の最後まで反抗しなきゃ気が済まない。
「初めからおかしいと思ったんだよ、わざわざシャワー浴びた後に見回るのも、それに俺を連れて来るのも!こんなの、見つかる可能性が高すぎる」
「慧君、たがらこれは運命なんだって。2人が出会った学校の、出会った教室で愛の営みをしなさいって神様が言ってるんだってば」
「どこの変態だよ。その神様ってのはお前の友達なのか?なあ、変態友達か?」
言い合いながらもリカちゃんの手は服の中に入ってくる。ジャージの下の素肌に触れ、それを優しい手つきで撫でてきやがる。
蒸し暑い教室の中で、俺に触れるリカちゃんの手のひらと、座らされた教卓が冷たい。思わず身を寄せてしまいたくなる衝動を堪え、机の縁をしっかりと握りしめた。
「とか言って、慧君も案外その気だったりして」
楽しそうに笑って言いながら、リカちゃんが身を屈める。
「バカ言うな!騒ぐと誰かに見つかるかもと思ってるだけで」
「その割に逃げないよね」
「それは、それは腰が抜けて動けないから……っ」
口では嫌がり、身体で受け入れる俺をリカちゃんは細めた目で見た。嫌だ嫌だと言いながらも、しっかり身体を支えようとしている自分の腕が憎い。
けれど、それを良いことにリカちゃんは両手で俺に触れる。ジャージの裾から潜らせた手を、上へ上へと。リカちゃんの左手が動く度に、固くて冷たい金属が肌をノックする。
「リカちゃん、指輪……んっ、冷たい」
「嫌?嫌なら外すけど」
「や、じゃない。だから外すな」
それは一生外すなって意味だったんだけど、肝心な部分は言葉にしなかった。だって、しなくてもリカちゃんならわかってくれる。
「うん、わかった」
頷いたリカちゃんが左手だけを服の中から抜く。現れた薬指には、外すなと言った指輪がある。
カーテンの隙間からは、絶え間なく淡い光が入ってくる。それは反射するほどたくさんじゃなくて、薄暗い部屋の中じゃ指輪はあまり見えない。
でも、今の俺は見えるものが全てじゃないって知っている。見えないものにも、見せないことにも意味があるんだって知っているから。
「リカちゃん、それ付けてて何か言われたりしない?」
まだ中に入ったままの右手を気にしながら訊ねると、リカちゃんは何かを思い出すような素振りを見せてから微笑んだ。
「すごく言われる。式はいつ挙げるのかとか、いつの間に入籍したんだって。一応、籍は入れずに事実婚だって言ってるんだけど、なかなか理解されない」
「理解されないって?」
「責任をとりたくないだけだとか。そんな関係が続くのは、気持ちが盛り上がってる間だけだ……とかね。人の噂は悪い内容の方が広まるのが早いから」
ふっと息を漏らして笑ったリカちゃんは、何がおかしいのか肩まで揺らした。
きっと色々と噂されている内容のことを考えているんだろうけど、悪いことを思い出して笑うなんて意味がわからない。
「そう言うの好き勝手に言われて、なんで怒らないんだよ……もっと怒れよ」
リカちゃんに怒られたくなくて逃げていたくせに、リカちゃんが簡単に他人を許すことが気に入らない。すると、自然と尖ってしまったらしい唇に、ちょこんと何かが乗る。
何かって、もちろんリカちゃんの唇だ。
「慧君やっばぁ……俺の為に怒ってくれる慧君、かわいい」
「なっ……バカ!このバカ!!」
「あ、その言い方も可愛い。ねぇ、もっと言って」
『言って』で首を傾げたリカちゃんに、お前の方が可愛いだろって言いたくなったのはなぜだろう。離れていたのは数日なのに、リカちゃんの仕草の1つ1つが気になって仕方ない。
リカちゃんが笑っていると嬉しい。それが俺のことでならもっと嬉しくて、他人のことでなら悔しい。
リカちゃんが誰かに悪く言われると腹が立つ。お前がリカちゃんの何を知ってるんだって、言い返したくなる。
「リカちゃんはもっと嫌なことは嫌だって言っていいと思う。俺が言うなって話だけど……言っていいと思う」
「嫌なこと?そう言われても、俺本当に噂とかどうでもいいしなぁ……慧君のこと以外だったら、基本は何を言われても平気。あ、でも」
でも、と区切ったリカちゃんが続ける。
「慧君がどこかに行くのも、他のやつの話をするのも、俺以外を頼るのも嫌。でも口に出しては言わないって決めてあるから、慧君が自分から気づいて」
「俺が?」
「そう。目に見えないもの、言葉にできないこと。たとえ間違っていてもいいから、これからはそっちにも目を向けてみて」
確証もないまま頷いていいのか迷う。きっと俺には難しいだろう話に自信が持てなくて、けれどリカちゃんが望むなら……と、渋々首を縦に振った。
するとリカちゃんは本当に嬉しそうに笑う。
たかが約束しただけなのに。出来るなんて限らないのに。
暗い教室の中でリカちゃんの黒髪は溶けてしまいそうだ。着ている黒いスーツも、俺の好きな真っ黒な瞳も混ざっちゃいそうな気がして、また不安が押し寄せる。
けれど、言葉にできない『見えない感情』をリカちゃんは見逃したりしない。
「だけどね慧君」
左手が頬に触れ、ゆっくりと顔が近づく。至近距離まで来てやっと、リカちゃんの表情がはっきりと瞳の中に入ってきた。
そこにあるのは『好き』という2文字。言葉にしていないし、見えないものなのに俺にはわかる。
リカちゃんが伝えようとしてくれているからか、それとも俺が見ようとしているからか。たぶん、両方だ。
「今は俺だけを見て。他の何も考えないで、俺にだけ集中して。わかった?」
返事の代わりに触れるだけのキスを。
そうすればリカちゃんは、また笑ってくれる。
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