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周囲から向けられる視線を完全に無視するリカちゃんは、俺の非難も幸のため息も聞かないまま動こうとしなかった。そのうち担当の先生が入ってきて、何事もなく講義が始まる。
上から降りてきたスクリーンには先週の続きが映り、みんながそれに集中した。
俺以外は。
隣から感じる甘い匂いに、目を向けるといる存在。頬杖をついて前を向くリカちゃんの横顔は、真剣にスクリーンに向かっている。
「あ、この話懐かしい。というか、あの爺さん英語の発音下手だな」
ぼそっと感想を述べて、前に立つ爺さん先生を笑う。確かにカタコトにしか聞こえない英単語だけれど、何がおかしいのかリカちゃんは肩を震わせた。
「今の笑うとこあったか?」
小声で訊ねれば、その目が俺を映す。
「俺が昔聞いた話を慧君が聞いてると思うと楽しくて。しかも隣で授業受けるなんて、一生ないと思ってたから」
「それはそうだけど。ある方がおかしい」
「だから、なんか嬉しい」
とろんと甘くなった瞳が細くなって、本当に嬉しそうに微笑む。いつもは先生のリカちゃんが今は生徒で、それは偽物なんだけど隣にいて、一緒の教室にいるなんて不思議だった。
幸以外は誰もリカちゃんが先生だなんて思わない。どこかの学部の生徒が混ざったのか、それとも外部から紛れ込んだのか……とにかく、リカちゃんの本当の正体を知らない。
「どの大学でもこの授業はするんだな。まあ教育学の基本だし当然か」
「そう言えばリカちゃんの通ってた大学ってどこ?」
「ん?うーん……秘密。その辺にある大学」
その言い方から絶対に難関だと思った。普通なら自慢になる大学を卒業したことがわかる。
リカちゃんは自慢なんかしない。自分のした苦労をぺらぺら喋るタイプではないし、どれだけ自分が凄い人かを誇張したりしない。
実家が金持ちで、家事全般ができて勉強もできて、車の運転が上手くて、でもって憧れの先生。
朝起きるのは6時頃で、お気に入りのスーツは黒ばっかりで、コーヒーはブラックしか飲めない。
道を覚えることが苦手で、実は感動ものの映画に弱くて、野良猫をみかけると目で追う。
誰もそんなリカちゃんを知らない。見えないこと、見せない姿を知っているのは限られた数人だけ。
その中でも俺はトップにいる。
「リカちゃん」
袖を掴んでこっちに引き寄せる。すると肩を寄せたリカちゃんが、目で「なに?」と訊ねてきた。
「ここ、わかんないんだけど。どういう意味?」
「どこ?ああ、ここは……」
長い指が教本の一文を辿り、瞼を伏せて考えるリカちゃん。どう言えば1番わかりやすいかを頭の中で組み立て、それを告げる唇。周りの邪魔にならないよう、耳元で説明してくれる声。
「慧君、わかった?」
こくんと頷けば頭を撫でられて、もう話は終わってしまった。また少しだけ2人の間に空間ができてしまう……それがなんとなく嫌で、でも言えずにいるとリカちゃんは動こうとしなかった。
「近すぎるって思われるかな?」
悪戯な笑顔で聞いてくるリカちゃんと。
「そう思うなら離れろ」
言葉と態度が正反対な俺と。
「え、嫌だ。1つの教科書を2人で見るって青春って感じしない?」
そんな俺の本音をわかってくれるリカちゃんと。
「しねぇよ。ってかリカちゃんの言ってること古すぎ」
やっぱり正反対を変えられない俺。
反対隣の幸がため息を連発しているけど、そんなことはどうでも良くて。この何てことない日常で、たまに起きる非日常が悪くないと思う。
「慧君。大学ではそんなに可愛い顔見せるな。なんだか妬ける」
頬が緩みっぱなしの俺をリカちゃんがからかって、やっぱり幸がため息をつく。
それが、すごく幸せだ。
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