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「5分だけ時間いいかな?」
手持ち無沙汰にスマホを弄る彼女の目の前に立ち、身を屈める。近場にいた数人のホストが「何をしているんだ?」と様子を探る中、得意の作り笑いを浮かべた。
「名前、教えてもらっていい?」
「え?」
化粧の施された大きな目を瞬き、突然の訪問に驚く彼女。
「俺ね、付き添いで来てるんだけど暇で仕方なくて。もう帰ってやろうかと思ってたら君を見つけて、ずっとお相手のホストさんの隙を狙ってた」
「え?あ、えっ?わ、わたし……?」
微笑みで返した肯定に彼女が告げたのは、何の変哲もない普通の名前。明日には忘れているであろうそれを彼女は口早に、しかも2度も繰り返す。
さっきまでホストに対して笑っていた瞳を今は別の男に向け、潤ませるその様子に嘲笑を浴びせてやりたくなる。
けれど、必死にそれを堪えて代わりに「教えてくれてありがとう」と告げた。
自分が主役だと勘違いしている『先輩』は、こうしてこの子を丁寧に扱わない。それは度々見ていた2人の様子からは明白で、予想通り名前を教えただけで礼を言われた彼女は僅かに驚く。次いで、破顔する。
見目の麗しい顔をして、相手をその気にさせて落とす。それを仕事としているホストだけれど、何も彼らだけがそのプロではない。教師だって似たようなものだ。
生徒の気持ちを盛り上げる為に褒めて、締めるところは締める。環境が違うだけで、人間を相手にする仕事。それならば、こういったことは俺の得意分野でもある。
ゆっくりと彼女の足元にしゃがみ込み、視線を落とす。大事な話をする時は上から見下ろしてはいけないと、あの『先輩』は教わらなかったのだろうか。
そんなことを考えながら、緩く笑った。
「すぐに帰らず待っていて良かった。さすがに、お相手のホストさんの目の前で話しかけるのは悪いから」
まずは視線を奪う。他のものが目に入らないよう、入っても気にかけないよう、こちらだけを見つめさせる。
「こういうお店ってよく来るの?女の子が好きそうな、華やかで格好いい男の人が多いみたいだけど……彼氏は心配しない?」
次に軽く揺さぶりをかける。
遊ぶことが好きなのか、恋人がいるのかを問いかければ、予想通り彼女は大きく首を振って否定した。
本当はそんなことどうでも良いのに、心底安心した顔をして髪を耳にかけた。
より目元が見えるようになると、人間は無意識に警戒心を解く……なんて、狡いことを考えながら。
「良かった。こういう店によく出入りしてると心配するし、そもそも彼氏がいたら俺にチャンスはないし」
肝心なことは言わず、けれど確実な好意を見せつける台詞。それを口にすると、彼女は明らかに目の色を変えた。
疑い混じりだった視線が、獲物を見定めるものに変わる。
「チャンス?チャンスって……?」
わからない振りをして促す返事。彼女からのそれに対して口元を隠すと、より信憑性は増したのだろう。
もしかして、俺が照れたのだと思ったのだろうか。そうだとしたら、なんて花畑な頭の中身だ。
「チャンスって、なに?」
甘く誘い込もうとする台詞は滑稽で、自分が優位に立とうとする彼女に笑ってしまう。
自分の欲しがる答えだけを求めて、それ以外は認めないような身勝手さが嫌い。
自分の信念を粗末な誘惑で投げ出すような、意志の弱さが嫌い。
嘘だらけのこんな場所で、すぐに騙されてしまう愚かさが嫌い。
「知りたい?」
──嫌悪を感じながらも、淡々と唆す自分が嫌いだ。
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