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少し離れた所で、おいでと俺を誘う手。それから、緩く笑う表情。
俺は、ソファから立ち上がることなくそれを眺めていた。眺めながら、今までの思い出を振り返るのを続行する。
最初に浮かんだのは、リカちゃんの顔だ。あと、笑った時の少し高くなる声。
リカちゃんは声を出さずに笑う癖があるのに、気が緩むと乾いた音を立てて笑うこともある。
それから、いつも余裕たっぷりなリカちゃんでも理性を失くすぐらい怒ったり、驚くほど落ち込む時もある。
冷たい目をして人を蹴ったのを見た時。あの時は本当に怖かった。
距離を置いた時は眠れなくなって、目の下にはいつも薄い隈があった。1人にしないでと言って伸ばされた手は震えていて、置いて行かないでと泣いたこともある。
誰よりも強くて誰よりも冷静で、本当は誰よりも弱くて誰よりも優しい。いつだって自分を後回しにするリカちゃんは、誰よりも『完璧』なのに誰よりも『未完成』だと思う。
自分の良いところなんて、片手ですら余るほどしか思いつかないのに、リカちゃんの良いところは言い尽くせないほどにあって。
──厳しいところ。優しいところ。穏やかなところ。愛情豊かなところ。
──庇ってくれる背中に、相手の為に突き放せる手。いつだって待っていてくれる足。
──慧君と名前を呼ぶ唇。何があっても大丈夫だと安心させてくれる声。それから、それから。
「慧君?」
考えることに集中していると、いつの間にか本人が視界いっぱいを占めていて焦った。
ぱちぱちと瞬きをして戸惑う俺の隣に座ったリカちゃんが、ジュースの入ったグラスを奪い、テーブルに置く。
「目を開けて眠ってるのかと思った」
からかうような視線で言うわりに、その声は少しだけ心配を含んでいて。嫌でも心が暖かくなるのがわかる。
「寝てねぇよ。考えごとしてただけ」
「考えごと?こんな煩い場所で、何を?」
俺がどれだけリカちゃんを好きか。
上げても上げても、次から出てくる『好きなところ』に言葉が追いつかないことが悔しい。けれど、それを本人に言うつもりなんて欠片もない。
「秘密」
ふいっと顔をそらすと、少しだけムッとしたリカちゃんが息を吐く。わかりづらいくせに、わかりやす過ぎる仕草が何と言うか……ああ、柄じゃないけど。この気持ちはきっと。
『愛おしい』だ。
暖かくて柔らかくて、でも苦しくて切ない。
十分すぎるほど満ちているのに、どんどん溢れてくる。言葉にしても態度に出しても、毎日新しく生まれるから追いつかない。
いつか頭の先から足の先まで、その感情でいっぱいになって死んじゃいそう。
そう考えてしまうぐらい──愛おしい。
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