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59.考えたくない時もある
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どうして。どうして蛇光さんがこの匂いをさせているのか。だってこの匂いはリカちゃんの香水の匂いで、それなら蛇光さんからするのは変な話で。
もしかしたらリカちゃんじゃない人から移ったのかもしれない。それとも、偶然にも蛇光さんが同じものを使っているのかもしれない。
そうしてたくさんの答えを導き出すけれど、そのどれもが即座に打ち消される。
だって、お揃いの香水を使って数年が経つけれど、今までこんなことはなかった。バニラの匂いがする時は俺かリカちゃんが元だった。
「慧くん、どうかした?」
答えない俺を不思議そうに見る目。まつ毛が長くても、大きな目は隠れない。
「慧くーん」
蛇光さんが俺の前に立つ。またバニラの匂いが強くなる。
蛇光さんが手を振る。ますますバニラの匂いが強くなる。
「もしかして目を開けて寝てる?やだ、慧くんってば可愛い」
クスクスと笑う度、彼女の髪から。服から。身体から匂いが漂ってくる。
リカちゃんのバニラが。俺が好きで好きで追いかけた人の匂いが。同じものを欲しいと言った時、嬉しそうに喜んでくれたこの匂い。
2人の思い出の匂いが、どうしてこの女からするのか考えられない。考えたくない──答えを見つけたら終わる。
地面に足がくっついたみたいに動かなくなって、口が縫いつけられたみたいに開かない。何か答えなきゃと思っても、声の出し方を忘れてしまったみたいだ。
「慧くん、もしかして体調でも悪い?あたし獅子原さん呼んで来ようか?さっき、今日はどこにも出かけない言ってたから」
さっき?
さっきってことは、2人は会ってたんだ。
嫌な答えに近づいていくにつれ、感覚が消えていく。強く握りしめたはずの手のひらさえ何も感じない。今日が暑いのか寒いのか、雨が降ってるのか晴れてるのか。何もわからなくなる。
黙り込む俺の身体を押し退けたのは……。
「すみません、慧は疲れてるみたいなんで。俺たちが部屋まで連れて行くので大丈夫ですから」
普段は滅多に使うことのない敬語を使う友人と。
「心配かけてごめんなさい!お姉さん出かけるところですよね?ほらほら、早く行かないと遊ぶ時間なくなっちゃいますよ」
それとは別に、暗くなった空気を照らす明るい声。
最初に言葉を発したのは歩だった。俺の左前に立ち、自分では動かせない俺の腕をとる。
そしてその次が拓海。蛇光さんに軽く頭を下げ、にっこり笑って壁にかかっていた時計を指さして。
「2人は慧くんのお友達かな?あのね、あたしは遊びに行くわけじゃないよ」
髪を耳にかけて蛇光さんが言う。その様子は、優しいお姉さんって感じだ。けれど隣に立つ歩も、それから拓海も俺の前から動こうとしない。
「あっ、そうなんですねー!金曜の夜に、そんなにお洒落して出かけるなんて、遊びに行くのかと思っちゃった。まさかその格好でコンビニはないですよね?だってそのパンプス、今月発売した新作ですもんね!俺もそのブランドのメンズラインが好きでよく店に行くんですよ~。ま、高くてなかなか買えないけど!」
「……そうなんだ。それは偶然だね」
「ついでに言うとそのバッグも。それも発売されて1週間も経ってませんよね。うちのスタッフで並んだけど買えなかったって言ってた子がいたし。そのバッグのためにコツコツ貯金したらしいのに」
「これは貰い物なの。だから詳しいことは知らなくて」
笑顔で会話を交わす拓海と蛇光さんと。俺の隣で黙って事の成り行きを見ている歩と。それから、まだ匂いの正体にショックを受けている俺。
こんな時間にこんな場所で、こんな状況に陥ってるなんて、誰が想像できるだろう。
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