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87. VSヒトヅマ① 《side:Rika》
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笑顔を貼り付けたまま静止した彼女と、慧を腕の中に抱えて立つ俺と。対峙を続ける中で思うのは、この人との共通点の多さだ。
利己的なところや手段を選ばないところ、自分の性格の悪さを自覚していても直そうとは思わないところ。
それから、平気で嘘をつけるところ。あえて傷つける言葉を選ぶところも。
あまりにも類似しすぎて笑う。けれど決定的に違うのは、慧に対する感情。
好意と悪意。正反対の想いを持つ俺と蛇光さんは、その中身は違えど慧に惹かれる。自分を刻みつけたくなる。
だからあえて気のある素振りをしてみたけれど、姑息なこの人は真っ直ぐには俺にぶつかってこない。回り道をして周りを巻き込んで、誰かを蹴落として獲物を狙う。
1番を手に入れるまでは、何が何でも食らいつくのが彼女の本質だろう。その意志の強さだけは認めてやってもいい。
「…………蛇光さんは、やけに慧を気に入ってるみたいですね。それは家庭のある女性としてどうなんでしょうか」
「気に入ってるとかじゃないんです。ただ、慧くんって可愛い弟みたいで。なんだか放っておけない」
「蛇光さん、そういうのを世間一般では気になるって言うんですよ」
「それは違います!気になるのは慧君じゃなくて……っ、何でもありません。気にしないで」
何でもないらしいことを、さも聞いてほしそうに誘う。気にしないでと言うくせに、こちらの様子を窺う。
くだらないと思いながらも言葉通りに退いてやると、彼女は表に出さずに落胆した。
「あたし、なんだか変なこと言ってますね……恥ずかしいな。獅子原さんの前だと、いつもの自分じゃなくなる」
「そうですか?蛇光さんは言葉を上手く選んでいるように思いますが」
「やめてください。選んで言ってるんじゃなく、気づいたら自然と口にしてて。あたし、子供の頃から嘘がつけない性格なんです」
「へえ……嘘がつけない性格かどうかは別として、待てが出来ない方だとは思っていますけどね」
彼女が小刻みに瞬きをし、言葉の意味を理解しようとする。けれど見当がつかなかったのか「どういうことですか?」と訊ねられた。
もちろん、この人の問いかけに答えてやる優しさなど俺にはない。
「やっぱり、お手よりも待ての方が難しいですよね。その気持ちだけなら俺にも分かります」
自分の質問を躱された蛇光さんの眉がピクリと動く。けれどそれすら気づかないフリを俺がすると、彼女は取ってつけた笑顔に戻した。
「えーっと……さっきから何の話ですか?待てとか、お手とかって」
「慧が飼ってるペットの話です。飼い主に従順ではあるんですけど、やたらと独占欲が強くて。今は待ての状況なんで何とか堪えてますが、慧からの許可が出れば噛みつくだけでは済まないかもしれませんね」
「犬の話だったんですね。でも、噛むって誰をでしょう?もしかして獅子原さんを?」
「犬じゃなくて猫ですよ。慧だけに向けてにゃぁと鳴く、この子だけの猫なんですけど……蛇光さんにも今度お見せしますね。機会があれば、になりますけど」
それが目の前にいる俺のことだとは気づかずに、彼女は大きく頷く。
俺たちの部屋に招かれるとでも思っているのか、それとも動物好きの優しい女をアピールしたいのか。猫は大好きなので楽しみです、と笑う顔を今すぐ切り裂いてやりたい。
けれど飼い主には従順だと言ってしまった手前、この我慢はまだ続く。
「獅子原さん。その時は猫ちゃん用のお菓子を作って行きますね」
「あー……申し訳ないんですけど、他人の手作りは受け付けないやつでして。食べ物含め、色々と好みにうるさいんです」
「そうなんですか。すごく残念です」
どれだけ目を細めても無遠慮に入ってくる偽物の笑顔。
やっぱり俺に待ては難しくて、早く慧が言ってくれればいいのにと思う。この女が嫌いだ、の一言だけでいい。
その一言さえあれば……と願いながら腕の中を見ても、俺の飼い主は熟睡していた。
すごく残念なのはこっちの方だ。
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