アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
134.淡く歪な鳴き声
-
カッと頬を染めた蛇光が、左手で下腹部を押さえる。そんなことをしなくても服越しに中の下着が見えるわけはなく、そもそも、見えたところで何とも思わない。
自意識過剰の5文字が、頭の中に浮かんで弾けた。
「蛇光さん。今度また誰かを騙す時は、もう少し控えめな女性を演じた方が良いと思いますよ。ここまで詰められると、こちらは疲れるだけですから」
にっこり。満面の笑みで言ってやると、目の前の女が鼻で笑った。安っぽい洋画に出てくる、ビッチの笑い方そのものだ。
「演技って何よ。そっちも本性隠してたなら、騙してたのは、お互い様」
開き直った彼女に、零れる嘲笑を堪えようと俯く。すると、ドアから顔を覗かせる桃太郎が見えた。
待ちくたびれているのか、その顔は退屈そうに拗ねている。
「…………ねぇ獅子原さん。もし、暴言に傷ついたあたしが、獅子原さんの本性をバラしたらどうするの?本当はこんな暴力的な男だったなんて、彼女が知ったら泣いちゃうかもしれないし、職場の人も騙されたって驚くんじゃない?」
「それが脅しだとしたら強かな女だな。俺の知る中でも、文句なくトップクラスだ」
「あら、使えるものは使わなきゃ。あたしとその辺の女を一緒にしないでほしいなぁ」
着ていたカーディガンの裾を翻し、一定の距離へと離れる。そこで体勢を立て直した蛇光は、自分の有利を確信したのだろう。あったはずの戸惑いを消し去り、唇に浮かべる笑みを深めた。
「獅子原さん。今すぐ謝るなら、さっき言ったことは許してあげる。人間だもの、失敗しちゃうことはあって当然だしね」
自分が不利になると離れ、勝利が見えてくると近づくずる賢い女。今の彼女には勝ちしか見えていないらしく、足取り軽く1歩を踏み出した。
静かな駐車場に、コンクリートを弾く乾いた音が響く。
「これからは余計なことは考えず、あたしのお願いを聞いて。あたしの為に着飾って、あたしの隣で笑っててね。あたしなら、獅子原さんを活かしてあげられる」
コツン、と鳴る音がまた早くなった。急く気持ちを表すかのよう、蛇光の歩調が速まったからだ。
「もちろん、ちゃんと対価は支払うし。彼女とは出来ない楽しいコト、してみたいでしょ?」
つ、と俺の胸元に触れる指。伝わる温もりに耐えて目の前の女を見つめれば、蛇光がクスクスと声を奏でた。それは、この世で1番に汚い鳴き声だ。
「どんなコトがしてみたい?獅子原さんみたいに顔の綺麗な男ほど、人には言えない性癖があったりするんだよね」
聞くに耐えない声を、容赦なく蛇光は重ねる
「別に女と別れろなんて言ってないんだから、難しい話じゃないでしょ?あたしも離婚なんてしないし、お互いに束縛もナシ」
キィキィと鳴る醜い鳴き声。全身の肌が粟立つ。耳が痛くなって、妙に息苦しい。それは恐怖や寒さが原因ではなく、嫌悪からだった。
「これだから話の通じないバカは嫌いなんだ」
バカには言葉で言っても通用しない。それならばと、無意識に指が動いた。今の俺に、自然と湧く感情をコントロール出来る余裕はなかった。
胸元に触れる蛇光の手を目掛けて腕を伸ばす。けれど、俺のそれが女に触れることはなかった。
蛇光の体温を直に感じる前に、歪な鳴き声をかき消す音が耳に届いたからだ。
「えっとねぇ……リカの性癖はねぇ。とにかく名前を呼ばせたがるのと、見える見えない関係なく痕を残したがるのと、後はそうねぇ……あっ、リカの1番好きな体位は対面座位で、その理由はウサギちゃんの零した涎が──」
場違いな声色で場違いなことを告げたオカマを、俺は睨みつける。
「桃太郎、黙れ。即座に黙って、車の中に戻れ」
「あらやだ。その顔は当たりね。ふふっ、ウサギちゃんに探り入れてて良かった」
「余計なことは聞くな。聞いても忘れろ、今すぐに忘れろ」
「やぁよ。あたしね、昔から記憶力も良かったもの。じゃなきゃ、あんなに分厚い六法全書なんて覚えらんないわよ」
半分ほど開いたドアから話に入ってきたオカマの自慢の内容が、何よりも最も場違いだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1228 / 1234