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136.おやすみなさいのその前に
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蛇光の視線から俺への興味が少し薄れたのを感じた。常に自分が1番な彼女にとって、今の俺はみすぼろしく惨めな存在へ落ちたはずだ。
その証拠に、挑むように燃えていた蛇光の目から色が消えた。口角まで下げて退屈さを隠そうともしない。
攻撃的な視線の代わりに注がれるのは、俺を見下し、可哀想な物を見るような侮蔑のそれ。
「すっごく萎えた。あーあ、本当につまんない」
つま先を鳴らし、蛇光は続ける。
「依存する獅子原さんもだけど、それを受け入れる彼女もどうかしてんじゃない?そんなこと言ってたって、他に条件が良い人が現れたら、すーぐそっちに行くくせに」
蛇光のこの人をバカにした態度にも、もう何も感じなくなった。俺はあえて否定することはせず、小さく笑む。
「少なくとも今回のことで、蛇光さんレベルでは移ろうことはないって立証されたわけだ」
そう言った俺に、蛇光は眉尻を上げた。
「よっぽどご自慢の彼女、探して会いに行っちゃおうかな」
「そう。すごく自慢の恋人……だけど、蛇光さんの旦那さんも素敵な人だと思うよ」
蛇光の目が俺を映す。茶色がかった瞳が、無言のまま俺から焦点を外さない。
「あんなに優しそうで真面目な人を騙すなんて、蛇光さんは極悪人だな」
「一体、何の話をしてるの?まさか調べた?でも、どうやって……そんなこと簡単に出来るわけが──」
ハッ、と目を見開いた蛇光が勢いよく見たのは、桃だった。急に注目を浴びた桃が瞬き、俺を見る。俺がそれに小さく頷くと、心底くだらないといった目で睨まれた。後から小言を受けるのは免れないだろう。
「本当にそこまでしたわけ?たかがこの程度のことで……バカじゃないの?!」
「さあ。蛇光さんのご主人に会ったかどうかは、はっきりと覚えてないなぁ……どうだったかなぁ」
「っ、別に何を告げ口したところで、あの人は獅子原さんを信じたりしない。信じるのはあたしの方だもの!」
自分の胸元に手を当て、声を張り上げた蛇光に、俺は首を傾げる。
「わざわざ俺が、自分から会いに行くとでも思う?もしかしたらご主人公が偶然帰ってきて、そこに偶然居合わせただけかもしれないのに?」
「そんなの起こるわけない。だって、あの人は赴任中でっ」
「いくら忙しくても、休みぐらいあるでしょ。休みに自分の家族に会う為に帰ってくるなんて、十分に有りうる話だと思うけどなぁ……それに、偶然なんて作ろうと思えば簡単に作れる。お前の得意手段だろ?」
「……ッ、でも!あたしはそんなこと、一言も聞いてない。嘘ばっかり言わないで」
「言ってないだけかもな。ああでも、俺なら言いたくても言えないか」
この先を詮索する蛇光の視線の中で、俺は微笑み続ける。
「まさか最愛の妻の批判を、何人もの人から聞かされるなんてね。心配して会いにきたら、まさかその最愛の妻が好き勝手振舞ってるなんて……本人には言えないでしょう、あんな優しそうな人が」
「……そんなの嘘。絶対に嘘。それに、批判って何?誰がそんなこと言うのよ」
「見当ぐらいつくだろ。お前の身勝手な言動で迷惑してる人間が、どれだけいると思ってんの?」
心当たりが多すぎるのか、蛇光が黙り込む。俺は彼女の思考が追いつく前に畳み掛ける。
「本当に上手くやりたいなら、男女問わず満遍なく良い顔しなきゃな。そのクソみたいに高いプライドなんて無駄」
「……あっ、あたしはただ!」
「男も女も、子供も老人も。みんな考えて、感情を持って生きてる。だから、どこかだけに良い顔すれば、必ず別のところで不満が生じる。成し遂げたい事のためには自分が引くことも大事……って、今の俺すごく先生らしくなかった?」
質問したのに返答は来ず、代わりに睨みつけられる。それに苦笑を返せば、顔を大きく背けて拒絶された。
近づいてきた終了の予感に、俺の脳裏をよぎるのは慧の顔。慧が言いたくても言えなかったことを、言うか言わまいか悩む。
頭では言う必要などないことは分かっていて、けれど口が先走って開いてしまった。
本来、俺には理性や自制心など欠片も存在しない。それを証明するかのように、言葉が勝手に出て行く。
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