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「兎丸君は今学年になって頑張っていると思います」
俺の成績や日頃の生活態度をリカちゃんが説明する。父さんはそれを聞きながら時々俺を見て目を眇めたり、ぎこちなく笑ったりしていた。
獅子原先生が語る兎丸慧を聞くのは初めてだ。
正確には去年も懇談はあったんだけど、あの頃の俺はリカちゃんに興味なんてなくて顔すら覚えてなかったから。
見てないようで見てるんだなと思った。
例えば苦手な数学の成績が上がったこと、遅刻をしなくなったこと。
担任だから当たり前なんだけど、それでもリカちゃんが先生をしてるのを間近で感じられた。
先生…なんだよな。
「で。肝心の進路なんですが…」
リカちゃんが俺を見る。目が合っても一切笑わない。
「これは本気?」
机に置いたプリントをペンでトントンと叩き、続ける。
「本気でこの大学しか受けないのか?」
俺が進路希望に書いたのは家から近くて俺でも入れそうな大学。そこの経済学部と文学部を書いて出した。
理数系が苦手な俺でも入れそうだと思ったからだ。
「本気」
そう答えた俺を見たリカちゃんが視線をプリントに戻す。長い前髪が顔にかかり、鬱陶しそうにかき上げた。
「理由は?この大学もしくはこの学部を選んだ理由」
「俺でも可能性がある…から」
可能性があるどころか確実に入れると思う。それぐらい俺の選んだ大学はレベルが低い。
ハァ…とため息をついたリカちゃんが俺の前にプリントを差し出す。
「もう一度ちゃんと考えろ。たかが紙でもこれがお前の将来に関わってくるんだから」
「考えたって!」
「ちゃんとって言ったんだ」
もしこれが有名な一流大学だったなら文句は言われないんだろうか。
キッと睨む俺と冷静なままのリカちゃんは無言で視線だけを合わせていた。
それを止めたのは隣に座って黙っていた父さんだ。
「……確かにここなら苦労なく入れるだろうな」
肯定するような言葉に俺は味方を見つけた気がした。
でもそれは気がしただけ。
「それがお前の好きなこと、したいことなのか?」
「……え?」
「慧。父さんは好きにしろって言ったんじゃない。
好きなことをしろと言ったんだよ」
何が違うんだろう。
なんでリカちゃんも父さんも難しい顔をしてるんだよ。なんで俺の気持ちわかってくれないんだよ。
俺が決めたことなのになんで否定すんだよ。
「まだ最終志望を決めるまでは時間がある。修学旅行から戻ったらまた考えてみろ」
プリントを俺に突き返したままリカちゃんがそう言う。
「なんで……」
「兎丸?」
考えろって言われて考えて見つけた答えなのに。
何がダメなのか、何が足りないのかわからない。
これが俺の答えなのに。
悔しくて目の前のプリントをぐしゃぐしゃに丸めてやった。
「さっき俺の好きにしていいって言ったろ?!じゃあ文句言うなよ!!」
父さんに怒鳴り、目の前に座るリカちゃんにプリントを投げつける。
「俺のことなんだから俺が決める。2人には関係ねぇだろ!」
その勢いのまま教室を出てやった。
激しい音を立てて閉まった扉の向こう。
リカちゃんの顔は見えなかった。
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