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「ただいま。まだ拗ねてんの?」
顔を覗き込んでくる男を無視し枕に突っ伏した。そんな俺の頭をリカちゃんは黙って撫でる。
袖や指から香ってくるタバコの匂いに少しだけ落ち着いてきた俺は目線だけをそちらに向けた。
「ただいま」
「……おかえり」
もう一度かけられた挨拶に小さな声で応える。
父さんにキレてリカちゃんにプリントを投げつけ、逃げ出した俺はそのまま家に帰って来てしまった。
ふて寝なんて子供っぽいことをした俺を起こしたのはリカちゃん。
あんな態度をとったのに怒ってる素振りはない。
「夕飯は?」
「まだ」
「じゃあ一緒に食おう。温めてくるから待ってろ」
ベッドが軋みリカちゃんが立ち上がる。
離れていくタバコとバニラの匂い。それを追いかけるように俺も身体を起こした。
制服のまま寝てたから皺だらけだけど、そんなのどうでもいい。
「俺も手伝う」
「は?手伝うって…お前が?」
「なんだよその顔は。2人でした方が早く食えるだろ」
普段は任せっぱなしの俺が自分から手伝おうとしたのが意外なのか、立ち止まるリカちゃんを置いて寝室を先に出た。
リビングのソファにはリカちゃんの仕事用の鞄。その隣にはパソコン。家に帰らず真っ先に俺の様子を見にきてくれたことに俺のイライラはまた減った。
テーブルに2人分の夕飯を並べ向かい合って食事をするけれど、俺から何を話せばいいのかわからない。
あの後の父さんの様子とか、何か話したのかとか…本当は気になってるけど聞けない。
そんな俺にリカちゃんから話しかけてくる。
「お前の選んだ大学だけど」
進路の話に俺の箸が止まる。
「近くに大きな公園があって時々そこにサーカスが来たりするんだって」
「……知ってる」
電車で1駅分しか離れていない大学なんだからそれぐらい知ってる。
「あと学食のハンバーガーが有名らしい。お前と前に食って以来食べてないからちょっと気になる」
「え?」
「もしお前がそこに通って、時間が合ったら一緒に食いたいなと思って……って食事中に何の話してんだか」
俺の選んだ大学なのに。しかも決めたのは数日前で進路希望を出したのは今日だったのに。
「なんでそんなこと知ってんの?」
「なんでって…そりゃ自分の生徒が選んだ大学なんだから調べるだろ。ましてやお前は俺の恋人なんだから変なとこ行ってほしくないし」
「そう…なんだ」
もう一度考えろって言うぐらいだから最初から反対なんだと思ってた。けれどリカちゃんはそうじゃなくて色々調べて受け入れてくれようとした。
それなのになんで突っ返してきたんだ?
「別に偏差値がどうだとか近いから駄目だとか俺はそんなのはどうでもいい。
確かに一流大学に行けば選択肢は多い。でもそれがお前の幸せに繋がらないなら意味はない」
食べ終わったリカちゃんが箸を置き、茶碗と皿を横に退ける。
タバコに手を伸ばし換気扇が回ってることを確認してから火を点けた。
「…修学旅行。楽しみだな」
「へっ?」
いきなり変わった話題。戸惑う俺にリカちゃんは微笑む。
「慧と初めての海外。そういや俺たちって2人で旅行したことないよな」
「あぁ、うん」
「全部落ち着いたらどっか行くか。国内でも海外でも好きなとこ連れて行ってやるよ」
なんで進路の話から修学旅行に変わったのかわからないけど、俺にとっては助かる。
これ以上変な雰囲気は嫌だったからだ。
前に向かっていこうとする歩や拓海を見てると寂しくて、考えるのは将来とか進路とか夢とか見えないことばかりで辛くて。
せめてリカちゃんといる時だけは全て忘れたかった。
「俺がとんでもないとこ連れてけって言ったらどうすんの?」
「とんでもないとこって例えば?」
って聞かれても考えてなくて、少し悩んで答える。
「無人島とか」
絶対に言わないけどな。だって虫とか大嫌いだしスマホ使えないと不便だし。
試すように言った俺にリカちゃんは一瞬も迷うことなく言い切った。
「別にいいよ。逆にその方が俺の慧君独り占めできるし」
「独り占めって…誰も取らねぇよ」
憎まれ口を叩く俺の顔がだんだん熱くなっていく。
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