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俺は部屋に入り扉を閉めた。けれどそこからは踏み入れない。
ベッドの近くにある椅子に座るよう勧められたけど断った。
「会いに来てくれてありがとう」
「アンタの為じゃない」
「それでも嬉しい」
何がそんなに嬉しいのか、その女は俺を見て微笑む。それを見る度に胸が痛くなる。
何年経っても笑顔だけは変わらない。
その笑った顔が見たくて俺は母さんの後ろをいつもついて回っていた。
「慧」
そうやって名前を呼んでほしかった。
みんながお母さんって呼んで走っていくのを俺は遠くで眺める。
運動会も参観も…入学式も卒業式も1人だった。行けなくてごめんなって謝る星兄ちゃんに笑って大丈夫って答えたのが俺の思い出だ。
「ごめ「謝るな」」
謝らせはしない。
「謝られても俺はアンタを許せない」
悪いなんて思ってくれなくていい。俺はこの人を許さない。どんな理由があっても、どれだけ今が辛くても許せない。
「だから出て行った理由も聞きたくない」
この人は、母さんは俺にとって初めての味方だった。無条件で信じて疑わなかったこの人に裏切られたことを絶対に忘れない。
曇る母さんの顔。自業自得のはずなのに傷ついた素振りを見せるのがイライラする。子供だって言われてもいい。
どうしても俺はこの人を好きになれない。
「獅子原君の言った通りね」
眉尻を下げて笑った母さんは枕元に置いてあった写真立てを手に取った。星兄ちゃんと恒兄ちゃん、そして生まれたての俺が写った写真。
細すぎる指でなぞって透明の雫を落とす。
「会って……謝れば楽になるかと、そう思ったけど」
声と肩を震わせながら母さんは続ける。
「こんなにも辛くて悲しいことを私はしてしまったのね」
その言葉すら嘘に思える。また俺を騙そうとしてるんじゃないかって疑ってしまう。
「なに言ってんの?」
「会って辛いのは私も同じだって。それでも会いたいのかって聞かれたから」
写真に溜まる母さんの涙。それを見ても俺は何とも思わなかった。泣いても許されることじゃないだろって冷めたことを考えていた。
「なんでリカちゃんに頼んだんだよ」
それが不思議だったんだ。父さんでも恒兄ちゃんでもなく、どうしてリカちゃんに頼んだのか。
どうしてリカちゃんが毎日のように母さんの見舞いに通っていたのか。
「獅子原君に会った時まず初めに謝られたの。星一のことと、慧のことで」
「俺?」
俺のことでリカちゃんが謝る理由が見つからない。考える俺に母さんは顔を上げて言った。
「お付き合いしてるんでしょう?息子さん貰いますからって言われたのよ」
「それは、」
「わざわざ私にまで…慧を捨てた私にまで頭を下げるなんて誠実な人ね」
本人から捨てたと言われても動じないぐらいに俺は冷静だ。冷静すぎる自分に思わず笑ってしまった。
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