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「何してんの?」
俺がかけた声に肩を震わせ反応した男が振り返る。
そこにあるのは何度見ても好きだと思えなかった顔。世間一般では整ってる分類に入るだろうに、何も感情が沸かない。
傘を持ち変えた由良が濡れていることをアピールするように袖を見せた。
「濡れてもてん。ホテルまで送って」
「嫌」
「まだ仕事あるんなら車で待っといたるから」
「だから嫌だって言ってんだろ」
引き下がらない由良に俺は助手席を指さした。
「俺はもうあいつ専用だから」
「そんなん気にするタイプちゃうやろ。理佳は」
「昔はな。今の俺は違う」
前まではそうだったはずなんだ。確かに少し前の俺なら気にもしてなかった。でも今は少しでも好かれたくて、少しも嫌われたくない。
それがまだわからないのか由良は腕を引かない。袖口から覗く細い手首を見せつけてくる。
「このままやと風邪ひいてまうかもしれん」
だから送れと繰り返す由良に首を振って断る。
「お前が風邪をひこうと俺には関係ない」
ごまかすことなく告げた俺に由良は腕を引っ込めた。舌を打って嫌悪を露わにし、車に凭れかかる。
「やるべきことはやってんのに学校にまで入ってくんなよ。これは後でホテルまで届けるって連絡しただろ」
誰かに見られる前に由良を帰そうと、昨日渡された仕事を終えたUSBを差した。由良はそれを見て面白くなさそうに顔をそらす。
早急に必要だと言ったくせに、受け取ろうとしないから無理にポケットに捻じ込もうとした。
その伸ばした俺の手を由良が掴んだ。
視界に映る自分と同じ黒髪。他人を蔑むことが好きな瞳に他人を卑下して喜ぶ唇が弧を描く。
濡れた地面に2人の傘が転がる。
「…ゆ―」
「理佳はここが弱い」
由良が俺の首の後ろに唇を当て、髪の生え際に向かってねっとりと舐め上げた。瞬間に身体に走ったのは嫌悪でゾクッと肌に鳥肌が立つ。
「ほらな。俺の方が理佳のことをよくわかってるやん。なんなら今晩俺が相手したろか?」
背後から抱き付いてきた由良が楽しそうに笑うのを背中で感じながら、身体に這わされた手に自身のそれを重ねる。気付いた由良が頬を背中に添わせた。
久々に他人の温もりに触れて違和感が募る。
「なんや、やっぱり理佳は前と変わってへん。可哀想でアホな慧君」
まただ…また心の底に何か黒いものが溜まり、触れられたところから腐っていく気がする。
「根拠のない自信は見てて痛々しいだけやのにな。理佳が先生なんやから教えてあげなあかんで」
湿度の高い空気が気持ち悪くて、濡れた手が当たるのが気持ち悪くて、なによりその声と吐息を受け付けない。
これ以上俺は汚れたくない。
息を吐いて気持ちを落ち着かせる。もう前みたいに我を見失わないために目を閉じ、頭の中で慧を思い描く。
俺を呼んでくれる姿を想像してから瞼を上げ、口を開いた。
「俺に触るな…気安くあいつの名前を呼ぶな」
背中に抱き付く由良を強引に引き剥がす。足元に転がっている傘を拾い上げた俺は自分にだけ差し、雨に濡れる従兄弟に笑いかけた。
「何か勘違いしてるみたいけどさ、俺は首弱くないから。むしろ気持ち悪くて吐きそうなぐらい」
「なん…言ってんねん、」
「お前にどこ触られようが何も感じないんだって。っつーか、俺はあいつ以外は抱けない」
呆然とする由良の肩を押し、数歩か後ずさったそいつの襟を掴んだ。
怯えた顔を見るのは好きだけど…やっぱり相手によるな、なんてどこか冷静な自分がいる。
「もうあんなことはしない。俺はあいつだけは裏切らない」
「なんでや?!」
「好きだから。あいつが好きで仕方なくて、大切にしたいって思ってるからだよ」
俺はもうあの頃とは違う。守ってやりたい人ができたんだと由良に告げる。それをこの男がわかるか、わかるまいかはどうでもいい。
引き寄せたその顔には少しの恐怖と、それでも自分を押し通そうとする我の強さが見られた。
ここまで来てまだ受け入れない諦めの悪さに呆れてしまう。
「由良にこの気持ちは一生わかんないだろうな」
「……俺はあんな子供に負けへん!」
「またまた。お前があいつに勝てるところなんて1つもないよ」
由良が容赦なく雨に打たれ、スーツの色が変わっていく。それを見ても心配にすらならない俺はどこか欠如してるんだろう。
「お前の顔を見るのは10分が限界。今までだってそうだったろ」
由良の顔が歪み、泣きそうになったとしても何も感じない。
「お前を抱いてやる条件は顔を見せないこと、声を出さないこと。もう忘れたのか?」
抱けと願った由良に俺が提示していた条件。
顔を見せず、声も出さず相手が由良だと感じさせないこと。後ろからしか抱かなかったことを思いだしたのか、由良が唇を噛んだ。
それでもまた俺は由良のプライドを傷つける。
「あんな性処理みたいな行為忘れて噂の婚約者と仲良くしてろよ。抱かれたいなら他をあたってくれ」
「…っ…うるさい………うるさいうるさいうるさい!」
頭を振った由良の声が雨の中に響く。
「お前かって同じようなもんやんけ!」
「それがどうした。誰も俺は清廉潔白ですなんて言ってないだろうが」
自分が汚いことなんて誰よりもわかってる。認めた俺に由良がニヤリと笑った。けれどすぐにその笑みは消える。
「汚いって世界中から蔑まれても慧が受け入れてくれるなら平気だけどな。俺はお前と違って何でも欲しがったりしない」
今度はなんて罵倒されるかよりも、誰かに聞かれてないかが気になって仕方ない。
俺の中に由良の居場所なんて存在感しない。
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