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いい店を知っていると言った父さんが迎えに来てくれ、車に乗り込む。
てっきり運転手さんか恒兄ちゃんに任せると思ったのに、意外にも現れたのは父さん本人だった。
助手席側の窓を開けた父さんが俺に声をかけてくる。
「乗りなさい」
そう言われて俺は後部座席のドアに手をかける。なぜ後ろなのか、不思議そうな父さんを無視してシートに座った。窓の向こうに見える学校にはまだリカちゃんがいる。
車を走らせて数分、信号待ちで止まった父さんがバックミラー越しに俺を見た。
「そんなに私の隣は嫌か」
「別にそうじゃねぇけど…助手席に座るのが好きじゃないだけ」
その理由を言わない俺に父さんも聞いて来ない。まさか『隣に座るのはリカちゃんだけ』なんて言えないから内心でホッとする。
父さんが俺を連れてきてくれたのはスーツの専門店で、店に入るとすぐさま店員が寄ってくる。
どうやら常連らしく挨拶をした後、案内された店の奥へ向かう。そこにはソファが置いてあって、待つこと少し。
やってきた男が父さんに深くお辞儀した。
「いらっしゃいませ兎丸様…そちらは?」
俺を見る店員の目。
また前の時みたいに『親戚の子』と言われるかもしれない、と思いきや父さんはハッキリと答えた。
「末の息子だよ。今日はこの子の希望でやって来たんだが、ネクタイのオーダーはお願いできるかな?」
「少々お待ちくださいませ。すぐにお持ちいたします」
その店員が見えなくなったところで、俺は父さんに話しかけた。
「なんで息子だって言ったんだよ」
「なんでってお前は私の息子だろう」
「夏のときは親戚の子だって言ったくせに」
あの時は俺のことを家族じゃないって言ったくせに、今日は嘘をつかず本当のことを言った理由。気分なのか、それとも仕事関係じゃないから嘘つく必要がないのか…勘繰る俺に父さんは少し黙って、言いにくそうに口を開く。
「あぁ……あの時は下請け会社の役員だったから。お前を息子だと紹介すれば面倒なことになる」
「面倒?」
「うちは恒二にはもう相手がいるだろう。となると、残るお前とツテを持とうとする奴が出てくるかもしれん。ここはそういう世界だから」
腕を組んだ父さんは続ける。
「今時そんなもので会社を大きくしようとするなんて古臭い。けれど繋がりは持っておいて損はないから…お前をそんなことに巻き込むのは私だってしたくない」
俺のことをなんとも思ってないんじゃなく、俺を思っての嘘。
もしあの場で俺が父さんの息子だとわかったなら、変に話しかけられたり媚びを売られていたかもしれない。それを危惧しての父さんの行動に…ちょっと胸を打たれた。
悟られないように俺は父さんから顔をそらす。
気まずい、そして気恥ずかしい空気が流れ始めた時、やっと店員が戻ってきた。その手には分厚いファイルが抱えられている。
そのファイルの前半には、素材の布が貼ってあって、その次に色と柄の見本があった。
そこに刺繍を入れて完成するオリジナルのネクタイ。俺は、それをリカちゃんの誕生日プレゼントにしようと思った。
教師であるリカちゃんが付けててもおかしくなく、それでいて俺をアピールできるもの。
パラパラとページを捲る俺に店員は説明をしてくれる。世界で1つだけのものが作れる…そう聞いて俺の頬が緩む。
リカちゃんらしく黒地に細いストライプの入ったものと、俺が好きな青の2本。青い方は近くで見るとチェック柄になるようにしてもらって少し細めを選んだ。
そしてもう1本、エンジ色のシンプルなものを追加する。
「刺繍はどうなさいますか?よろしければお客様に描いていただいたイラストなどはどうでしょう」
俺が描くイラスト…何を描くかはもう決まっていて、紙とペンを受け取った俺は父さんを横目で見た。
「あっち行ってて」
「なぜに?」
出ていけと言った俺に父さんは不満な顔をした。
「邪魔だからだよ!俺は集中して描きたいんだ」
渋々ながらも父さんが去り、俺は絵を描くことに集中する。黒にはこの絵、青にはこれ…そしてエンジには描くか悩んで見えない裏側に小さな刺繍をお願いした。
それを店員に渡せば可能かどうかチェックすると目を通され、2枚を見て苦笑いをされた後に3枚目で優しい笑顔に変わった。
「お優しいですね」
「……別に気分なだけだし」
急ぎで頼んだそれの出来上がりは10日後。それならリカちゃんの誕生日に間に合う。
家に帰った俺はリカちゃんにバレないよう予約表を机の奥に隠し、今日も残業で遅くなったソイツに「遅い!」と怒る。けれど内心は誕生日が楽しみで仕方ない。
そしてモヤモヤしながら過ごした10日後、また父さんに連れて行ってもらい、受け取った箱を開けた。
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