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家を出て一週間が経つ。
結局、親が帰ってこないって理由で女の家に寝泊まりしている。
寝泊まりと言っても、本当に寝る場所を借りるだけだが。夜しか帰らないのは前と何も変わらず、女も女で、深くは聞いてこない。
最初は「学校に行ってるのか」としつこく聞かれたが、「制服を持ってきてない」と答えたら女の兄もうちの高校に通っていたようで、制服を借りて普段通りに通学している。
何も以前と変わりない毎日。
夜だけしか帰らないのも、何にも縛られず宙に浮いているような生活も。
相変わらず感情に大した起伏はなく、ただただ時間が過ぎていくだけ。この先も何にもこだわらず、なるようになれと思っている、はず。
なのに。
あいつの言葉が頭から離れない。
「俺にだって好きな人がいるんだから」と。
「好きじゃないのにこんなことするな」と。
俺とあいつは違う。
俺は好きじゃなくても出来るし、してきた人間で、好きじゃないと出来ないのはあいつの方だ。
いつも身体を震わせ硬直させて、精一杯抵抗して。
そのくせ名前を呼ぶと、少し安心したような表情を見せる。
勘違いじゃないと思いたかった。
出来ることなら、もう少し触れていたかった。
なのにどうだ。最後に見たのは笑顔でも安心した顔でもなく、恐怖と悲しみが降り混ざった顔だった。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。
近くに置いておきたいと思えば思うほど、得体の知れない感情に制御がきかなくなってしまうのではないかと怖くなる。
本当は、近くに置いておきたいだけじゃない。
触れれば、どす黒く重たい、腹の底でふつふつと湧き上がるような感情が身体中に渦巻き、溢れて止められなくなる。
その先を知るのが怖い。
自分にとって大切な存在だと理解するのが怖い。
いつ失うか分からないのが、とてつもなく怖い。
早く消したい。
こんな思いも記憶も全て。
「あ、A組今体育やってるー」
前の席のやつの声で、現実へ引き戻される。
授業自体、面倒で退屈で窮屈だったが、4階にあるこの教室から見える景色だけは好きだった。
窓際に席があるため、ふと視線を横にそらすだけでグラウンドがよく見える。
この時間、いつも無意識に視線で追ってしまう姿がある。
あぁ、また忘れたい事を思い出した。
1週間も前のことだというのに、触れた時の感触がまだ消えてくれない。指先には、触れるだけで壊れてしまいそうな、やわらかい唇の体温が残ってる。
視線を逸らすことも、目を瞑ることも出来ずにいると、あいつのすぐ近くにいる赤い髪の金魚のフンがこちらをぎろりと睨んでくる。
「見てんじゃねえよ」と言わんばかりに、鋭い視線が向けられる。この時間は、いつものように。
視線を前へ戻すと、また、胸の奥にどくどくと渦巻くものを感じた。
指先に残った体温が離れなくて焦れったい。どれだけ手を強く握っても消えない感触。イライラする。
席を立ち、大勢の視線を背に教室を出ると、真っ先にトイレへと向かった。
入ってすぐの手洗い場に着くと、蛇口を大きく捻りこれでもかという程勢いよく流れ出る冷水に手を突っ込んだ。
何度も何度も両手を擦って、指先の感覚が無くなるまで手を洗い続けた。
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