アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
10
-
胸がドキドキ、バクバク脈打ってる。
トイレの鏡で、ほっぺたがほんのり赤くなってるのを見て、余計に顔が熱くなる。
「上から着れば」って言われたけど、流石にシャツは脱いでおいた。本当にいいのかなって、渡されたジャージの前で葛藤したけど、やっぱりみんなと一緒に授業を受けたい。
シャツを脱ぎ、肌着の上から羽織ったジャージはぶかぶかで、手やお尻がすっぽり隠れてしまうくらいサイズが大きかった。
ふわふわと柔らかなソープの香りに包まれて、ほうっとため息を着く。
鏡に映った自分の頬は、まだ赤く染まっている。「鬼塚」という刺繍を指でなぞると、少し鼓動が速くなった。
パシンと頬を軽く叩き、浮かれた顔に気合を入れて、トイレを出る。
シャツを片手に急いで戻ると、金髪の人はさっき座ってたベンチに横になって寝ていて、
「あれ?もしかして寝るのに僕が邪魔だっただけなのかな・・・?」とも思ったけど、心地よさそうに寝ているので起こさないように背もたれにシャツを掛けて、先生のところまで小走りで向かった。
ちょうど準備運動が終わったところで、先生に「ジャージを借りたから出られる」と伝えると、授業に参加することをすんなりOKしてくれた。ただ、胸元にある名前を見ては、ギョッとした表情で僕の顔を不思議そうに見つめきて、なにか言いたそうな顔をしてたけど深く聞いてくることは無かった。
初めて、体育の授業で、背の順の列に並ぶ。
にまにまと弧を描く唇を噛み締めるように、時々ぐっと眉に力を入れたりして、わくわくして落ち着かない心をなんとか抑えこんだ。
社交ダンスは、相手の人が次々変わっていく仕組みらしい。
まずは背の順で隣に並んだ異性と、との事だったけど、みんな僕のジャージを見て、先生と同じようにギョッとしていた。
でもそんなこと気にならないくらい、この場に立てることが嬉しくて、
足がもつれたり振り付けを間違ったりして全然踊れなかったけど、すごく、すごく楽しかった。
今すぐにでもお礼を言いに行きたいくらい嬉しくて、チャイムが鳴って授業が終わってすぐ、見学者用のベンチへ向かう。
けど、もうあの人の姿はどこにもなくて、背もたれに掛けておいた僕のシャツだけがそこに置いてあった。
教室へ戻り、ジャージを脱いで、シワにならないように畳んで、名前の刺繍部分を指でなぞる。
田丸くんが見たら怒るかな・・・と思ったけど、毎回着替えの時間は彼はこっちを意地でも見ないようにしているから、大丈夫だろう。
誰かに体操服を借りたのなんて初めてだからどう返したらいいのかわからないけど、
「これ、洗って返した方がいいよね・・・。」
今日は暑かったし、汗かいちゃったかもしれないから、きちんと洗ってから返そう。
うん。と頷いて、今度は濡れないようきちんと袋に入れて、大事に鞄にしまっておいた。
家に帰るとすぐ洗面所へ直行して、洗濯機の説明書を読みながら、借りたジャージを中に入れる。洗剤と柔軟剤を入れて、フタを閉めて、スイッチを押して、水が入る音が聞こえたところで一息付き、洗濯機の前にしゃがみ込んだ。
あの人にあってから、ずっと顔が熱い。
ほっぺの辺りとか、目とか、じんわり焼けていくように熱くて、触るとやっぱり、ほんのりあたたかい。
ぐるぐると回る洗濯物を眺めながら、僕を見るあの鋭い目付きを思い出す。
ずっと、怖い人だと思ってた。
手の力が強いのも知ってるし、近寄り難いあのオーラはどこからどう見ても、不良とか、そっちの人のものだった。
だけど、
この前も今日も、僕が見たのは紛れもない優しさだった。
なのに、僕はまだ緊張している。
今こうして洗濯してるジャージだって、いつどうやってどういう風に返せばいいかとか、話しかけても大丈夫なのかとか、やっぱり少し怖いななんて思ってしまっている。
第一、人と話すこと自体慣れていない。
最近は田丸くんと自然と話せるようになってきたけど、他の人となるとやっぱりだめだめで。こんなんじゃダメだって分かってるのに、上手くできない。
悶々と悩んでいると、次の日が来てしまった。
干されたジャージを綺麗に畳み、鞄に入れて、学校へ向かう。
前のことも含めて、きちんとお礼を言わないと。と思ったけどやっぱり緊張するものはする。体は重いし、昨日どうやって返そうか夜中まで悩んでたから寝不足になっちゃったし、このジャージも鉛でできてるみたいに重く感じてきた。
教室に着き、鞄にしまってあったジャージを見つめ、ふぅ、と緊張を紛らわすように息を吐く。
休み時間、探すんだ。あの人を。
1年生だって言ってたから、1年生の教室を回って、それでも居なかったら・・・どうしよう。
明日は1年生全クラス体育があるから、今日中に返さないとまずいなあなんて考えていると、嫌な予想は的中して。
休み時間、1年生のクラスを回ったけど、あの金髪の人は居なかった。
誰かに聞かなくてもあの髪色はすごく目立つから、大勢の中に居たらすぐにわかる。だけど生憎、休み時間は教室の外に出ているみたい。それか学校に来ていないかのどちらか。
どうしよう、どうしようって悩んでいたら、放課後なんてあっという間に来てしまった。
幸い他のクラスはホームルームがまだ終わってなかったから、これが最後のチャンスだと、ジャージを抱えて出てくるのを待ち伏せることにした。
もう、これ以上ないくらいに心臓はバクバクと破裂寸前の緊張状態で、今にも逃げ出したい思いでグッとジャージを抱きしめる。
先生の話が終わり、扉が開くと教室の中の様子が見えて、遂に鼓動がピークを迎える。
緊張し過ぎて居て欲しいのと居て欲しくないので何が何だか分からなくなりながら探したけど、あの人は居なかった。
「このクラスじゃなかったのかな?」と思い、まだホームルームの終わっていない隣のクラスへ向かう。
ちょうど先生の話が終わったのか、ガラリと扉が開き、生徒が一人出てきた。
「・・・あ、」
見たことある人だ。
白い肌に、綺麗な目。スラリと伸びた手と脚はどこかのモデルみたいに長く、その印象的な姿に思わず声が出た。
「あっ!!」
僕の声に気づいたその人は、声を上げ、骨ばった手の平をひらひらとこちらに向けている。
「こんにちはぁ。俺の事覚えてる?」
「ぅ、あ・・・はい、」
「あはは。カワイ〜!」
にこにこと笑顔を向けながら近寄ってきたその人は、ぽんぽんと手を僕の頭の上に置き、笑いながら髪の毛をくしゃくしゃと撫でてきた。
「なあ、名前なんて言うん?」
高い位置から顔を覗き込むその人は、やっぱりどこか外国の人の血が混ざっているんだろうなってくらい綺麗な顔立ちで、眩しくて一歩足が後ろに下がってしまった。
「あ、あの・・・」
「待って!当てるわ。・・・・・・ヒヨコちゃん?」
ひよ・・・?
「ヒヨコか・・・うさぎとか、小動物系ちゃう?当たり?」
「さっ、佐々木まき、です・・・」
僕の名前を聞いた途端、パアッと顔色が明るくなり、
「まきまき!!よろしく〜」
とまた頭をくしゃくしゃと撫でてきた。
「俺賛田ね。賛田・ユリェーヴナ・スヴャトスラフ。」
「えっ、あっ、ご、ごめんなさい最後聞き取れなかっ・・・」
そう言いかけると、また「あはは」と笑い、今度は頬をむにむにとつまんできた。
「賛田でええよぉ。発音しづらいしなあ。」
この人と話してると、周りからの視線がチクチク身体に刺さる。ホームルームの終わった教室から出てくる生徒はみんな、この海外モデルみたいな人をジロジロと見ていた。
「あ、の、賛田くん・・・っ、」
「ん〜?どしたん?」
にこ、と、整った唇が弧を描く。
笑ってはいるけど、少し怪しげで、掴みどころのない声だった。
「あの・・・金髪の、」
「ああ。りゅーくんね。」
最後まで言い終わる前に察してくれた。その声が何だかつまらなそうだったのは、僕の気の所為だろうか。
「んーとね、今は行かん方がええんちゃうかな・・・」
「・・・?」
「ほらアレ、不良漫画でよくあるヤツ。上級生から呼び出し的な。」
平然と言ってのけるその姿に、ひんやりと背筋が凍る。
「まぁ案内くらいやったら大丈夫やろうけど・・・行く?」
「いっ、いえあの、えと・・・」
賛田くんは、返事を聞く前にくるりと後ろを振り向き、歩き出してしまった。こうなったらもうついて行くしかないと、深呼吸し気合を入れて後を追う。
「なぁ、なんでいっつも体育休んでんの?」
「ぅ・・・え?なんで知って・・・」
「うちのクラスからグラウンド見えんねん。まきまきいっつもベンチ座ってるやん。」
み、見られてたのか・・・恥ずかしい。
「・・・肺が、昔から弱くて、あと身体も丈夫な方ではないし・・・」
「走ったり出来ないんだ。」と伝えると、「ふぅん」と、こちらを見向きもせずに、低いトーンで言った。
「昨日は・・・社交ダンスだったから、出られたんだけど・・・ジャージを濡らしちゃって、着れなくて・・・」
多分聞こえてないだろうなって思いながら、詰まらないように、慎重に言葉を繋げる。
「それで、あの金髪の人が、このジャージ・・・」
ドン、と前を歩く背中にぶつかり、鼻を強打する。
急に止まったもんだから、もう目的地に着いたのかと鼻を擦りながら顔を見上げると、目を見開き、驚いた顔の賛田くんと目が合った。
「・・・まじ?」
「え?」
「ソレ、りゅーくんの・・・?」
うん、と頷くと、
「あは!!まじか!!」
と大きな声を上げて笑いだした。しまいには、お腹を抱えてしゃがみこむ始末。
「ホンマや!名前書いてある!!あはっ、あはははは!」
「え、えと・・・」
「はははっ・・・えほっ、げほ、」
笑いすぎて咳き込んでる・・・どうしよう、背中とかさすった方がいいのかな・・・ちょっと苦しそうだし。
「・・・っはは、着いたで、りゅーくんはこの先におる。」
笑い過ぎで涙を浮かべた目を擦りながら、屋上へ向かう階段を指差す。
「まあ俺は行かんけどな。危ないし。まきまきもやめといた方がええよぉ。」
じゃあなんで連れて来たんだろう・・・て言葉は飲み込んで、階段の上の方を見上げた。
うちの学校の屋上は、踊り場から直接屋上へ行けるようになっている。屋上への扉には大きな南京錠がかかっていて、一度も開けられたところを見たことがない。
扉は開かず、小窓もないため、光が一切差し込まない。おまけに蛍光灯は割れて壊れているため、足元が真っ暗で危ないからこの階段には誰も近寄らない・・・はず。
なのにどうしてか、上の、扉の方からドサッと重いものが倒れるような音がして、その後苦しげなうめき声が下の方まで反響していた。
「わーやってんなぁ・・・今日は相手3人くらいや言うてたかな。」
「さ、3人・・・!?」
「そう。まあこっちから仕掛けた喧嘩じゃないし、何やっても正当防衛やからおっけー♡」
賛田くんはすごいことを言いながら、キラリと効果音が出そうな笑顔をこちらに向けるが、全然、何もおっけーじゃない。むしろ誰か先生を呼んできた方がいいんじゃないか。
あたふたしているうちに、トン、トン、とゆっくり誰かが階段を降りてくる音がして、
賛田くんは柱の影に隠れたけど、出遅れた僕はジャージを抱きしめたままその場で足が固まってしまい、階段の前で立ち尽くしたまま動けなくなってしまった。
大きな人影がまた、
トン、トン、と、階段を降りてくる。
ようやく足元が明かりに照らされて、赤いスニーカーが視界に入った。
その瞬間、まるで金縛りにあったみたいに全身が凍りつき、一気に血の気が引いていく。
この場から、一歩も動くことは許されないと、動物の勘が言っている。そして、こうなる前にこの場から立ち去らなかったことを、酷く後悔した。
僕の視界に入ったのは「赤いスニーカー」じゃなくて、
「赤く染まったスニーカー」だ。
赤黒く、血のような鮮やかさで、それに続く飛沫が制服の黒いズボンに点々と付いていた。
うっ、と空気の塊を飲み込む。
息を止め、逃げ出したいのにそれでも尚動かない足を呪った。
そんなことも知らずに人影は、トン、トン、と、止まることなくこちらに近付いてくる。
もうだめだ、と思った矢先、力の抜けた足が動くのに気づき、やっと一歩後ずさった。
ざり、と砂と靴が擦れる音が、辺りに響く。
「ああ、やってしまった。」と、死とは言わずともそこそこの絶望を悟った。
ピタリと鳴り止む足音。
3秒ほど止まったあと、さっきよりも速い足取りで、トントンと迷わずこちらに向かってくる。
ああもうだめだ、と、駄目押しでもう一歩後ろに下がると同時に、階段を下りてくる人影の姿が光の下であらわになった。
「・・・あ、」
声が漏れる。
血の着いた拳で、金髪の髪をかき上げるその姿は、以前見た人とは別人のようで。
白いシャツには所々に血が飛んでおり、前髪の隙間から覗く眼光も、昨日会った人と同じ人物とは思えないくらい、鋭さと凶暴さが増していた。
顔に飛んだ血を手で拭いながら、僕の目の前まで来て一言、冷たく言い放った。
「邪魔。」
どん、と肩を押され、
よろめいた体は勢いよく壁に当たってしまい、「わっ、」と声が出てしまった。
じんわりと、壁にぶつかった肩が痛くなる。だけど、持ってたジャージだけは落とさなかった。
気にせず立ち去ろうとする背中を見て、
考える前に、口が動く。
「・・・お、鬼塚くん!」
自分でもなにしてるんだろうって、思う。
心臓が、人に聞こえてしまうくらいバクバクと鳴り響いてるのに、足も手もガチガチに緊張して、震えてしまいそうなほど恐ろしいのに。
何か言わないとって、口が開いて、
もう、止まらないなら全部言っちゃえって、思った。
「じゃっ・・・ジャージ、ありがとう、」
目の前の、立ち去ろうとしていた足が止まる。
ゆっくりこちらを向いて、僕が差し出したジャージを見つめる。
「あ、あと、この前の、保健室の時も、」
言わないと、全部言わないと。今。
焦る手と唇が震える。顔に血が登って、どんどん熱くなる。
「ほっ、保健室の前で、倒れてた時・・・は、運んでくれて、ありがとう・・・」
すぅ、と空気を吸って、呼吸を、整える。
「あと、パンと、それから水も・・・っ、あ、ありがとう!」
伝えないと。
すごく助かったんだって。
この前も、昨日も、すごく嬉しかったんだって、言わないと。
「・・・おっ、お礼、遅くなっちゃってごめん、なさい・・・」
「・・・別に。」
僕の手から、ジャージを奪い取るようにして片手で受け取る。
雑に取り上げたジャージは、大きな手で握られたせいで、畳んだ時より少し崩れてしまった。
「邪魔だっただけ。」
吐き捨てるように発された声は、
僕の心を脅すように、氷みたいに冷たく、低く鼓膜に響いていく。
「保健室の時も、今日も、邪魔だったから退けただけ。変な勘違いすんじゃねえよ。」
不機嫌そうに眉間にシワを寄せて、高い場所から見下ろすように、突き放すように言った。
そして、
大きな身体を一歩、こちらへ寄せて、
僕の胸ぐらを掴み、顔と顔がくっつくような距離で、
「あと名前。気安く呼んでんじゃねえ。」
と、舌打ちを打った後、
胸元から手を離し、その場を去っていった。
その後のことは、よく覚えてない。
自分で思っていたよりもずっとショックだったのか、家に帰り、玄関の扉を閉めた途端、ぽろぽろと涙が零れてきた。
怖かったのと、びっくりしたのと、痛かったのとで、よく分からない。
昨日見た人とは別人のように、怖くて、血の匂いもして、お礼を言えたこともジャージを返せたことももう思い出せないくらい胸が痛くなって、
制服のシャツの、痛みのする心臓の辺りを押さえ、
ぽたぽたと床に水滴を落としながら、その場にうずくまった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
216 / 219