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知紀くんは1時間ほどピアノの練習をした。
練習と言っても、そのほとんどが楠見先生のリクエストに応える形になった。
先生がクラシック音楽に詳しいなんて、初めて知った。
どれも初めて聞く曲ばかりだった。
クラシックにあまり詳しくないボクでも、中学1年生が演奏するには難しいんだろうな、くらいはなんとなく分かる。それに、知紀くんの才能も。
知紀くんの将来は、ピアニストで間違いないと思う。
楠見先生が最初にリクエストした「愛の悲しみ」は、フリッツ・クライスラーが作曲した「3つの古いウィーン舞曲」のうちの1つで、「愛の喜び」と1対の曲になる。
元はヴァイオリンとピアノのための曲を、「タランテラ」の作曲者でもあるセルゲイ・ラフマニノフがピアノで演奏するために編曲したそうだ。
――なんて切ない曲なんだろう。
どこか物悲しい調べは、転調して別の曲みたいに明るくなるけど、それでもやっぱりどこか切ない。
楠見先生はどうして「喜び」ではなく、「悲しみ」のほうを選んだんだろう?
この曲に、恋の思い出でもあるのだろうか?
先生にだって、誰かを好きになった過去はあるはずだ。
大人の人だから、つき合った経験もあるだろう。いまだって、……。
そう考えただけで、胸に鈍い痛みみたいなものが走った。
楠見先生に恋人がいたら、ボクはどうすればいいんだろう。
諦めきれるだろうか?
その答えを知りたくて楠見先生を見ると、なぜか先生もボクのほうを見ていた。
目が合うと、笑いかけてくれた。
とたんに、ボクの心臓はものすごい勢いで鼓動を始める。
先生をまともに見れなくて、俯く。
――いまの、どういう意味!?
楠見先生はどういうつもりでボクに笑顔を向けたのだろう?
やっぱり大人の人のすることは、少しも理解できそうにない。
その曲が終わるまで、ボクの心臓はドキドキしっぱなしだった。
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