アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
<タランテラ>
-
音楽室の前まで来ると、先に着いたクラスメイトたちが騒いでいた。
理由はすぐに分かった。
音楽室の様子がいつもと違っていたからだ。
いつもは向かって左隅に置かれているグランドピアノがなぜか真ん中にきていて、位置も少しだけ前のほうに出されている。それに合わせて、ボクたちの机の位置も下げられていた。
「なんか、あんのか?」
「さあ。何も聞いてなかったと思うけど……」
知紀くんとユウくんが首を傾げている。
「……ごきげんよう」
音楽室に入って来た諌山冴子(いさやまさえこ)先生の姿を見ると、ボクたちはクモの子を散らしたように席に着いた。さっきまで騒がしかったのがまるで嘘みたいに、その場が静まり返った。
皆、諌山先生が苦手だったけど、特に苦手としているのは知紀くんかもしれない。
音楽の成績が良くて当たり前だと思われているうえに、褒められたことがないからだ。
それに、お母さんとよく似た性格も、苦手な理由のようだ。
「……今日はクラシックピアノの演奏をCDではなく、生で聞いてもらおうと思っています。ええーっと、村瀬知紀くんはどこかな? ……あ、いた。村瀬くん、何か1曲演奏してくれない」
諌山先生が、後ろのほうでボクと2人掛けの机に並んで座っていた知紀くんを見つけると、手のひらを上にした指先でグランドピアノを指した。
その優雅な仕種に似合わず、なぜか物凄い威圧感があった。
頼みというよりは、命令と言っていいだろう。
グランドピアノの位置が変わっていたのは、このためだったんだ。
知紀くんはいたずらを見つかった子みたいにぎょっとして、身体をこわばらせている。
クラスの皆から、歓声上がった。
知紀くんの演奏が聞けてうれしいというよりは、皆、困っている知紀くんを面白がっている節がある。
「えぇー、何でオレなんですか?」
知紀くんがほっぺたを膨らませて、思いきりむくれている。
「小学生のときは、コンクールで何度も優勝してたじゃない。……近頃はピアノの練習もあまりしていないみたいだし、練習だと思って気楽に演奏すればいいじゃない」
諌山先生は、知紀くんのお母さんの音大時代からの親友らしい。
知紀くんが反抗期の真っ最中で、ピアノの練習をサボりがちだということをお母さんから聞いて知っているのだろう。
「急に言われても、楽譜持ってきてないし……」
「村瀬くん、楽譜なくても弾けるじゃない」
「えぇー、そう言われても……」
「好きな曲でいいから、何か弾てみてよ」
知紀くんはそれからもしばらくの間ごねていたけど、「分かりました」としぶしぶ承諾した。
「もう、他人事だと思って好き勝手言って……その代わり、いつでも好きなときに音楽室のピアノの弾かせてもらっていいですか?」
「ええ、いいわよ。私がいないときは誰か他の先生に鍵を預けておくから、好きなだけ弾いてちょうだい」
諌山先生は知紀くんにピアノを弾かせることに成功して、満足げだ。
「ちょっと待ってもらっていいですか?」
そう言うと、知紀くんはいきなり立ち上がった。
「えっ!? 知紀くん、どうしたの?」
呆気に取られているボクに向かって微笑むと、知紀くんは出入り口の引き戸に向かって歩き出した。
「ちょっと、村瀬くん!」
知紀くんはよび止める諌山先生には答えず、そのまま音楽室を出て行った。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
61 / 90