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後日譚の隣。5
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後に…本当に遅まきながら知ることになるのだが、薫子さんは”可愛いもの”に目がない。それはもう愛で尽くす。目の前のものを可愛いと一瞬でも認識してしまえば、その対象は叫び声とともにぎゅうぎゅうに抱きしめられることになる。……経験談だ。
俺だって、自分で自分を『可愛い』などと認めたくはない。
しかし毎朝毎朝、実は自分は人間ではなくサンドバッグだったのではないか?と思いたくなるほどの熱すぎる抱擁と共に、『可愛い』と連呼され。家に上がり幼馴染を起こせば、開口一番今日も可愛いなどとゆるく細めた目でほざかれれば、誰だって自身の認識を疑いたくなるだろう。
……ただ、俺にも男としてのプライドはある訳で。大宮家の理論と俺の矜持を戦わせた結果、『どうやら一部の人間にはそう思われることもあるらしい』、という結論に落ち着いた。それ以上はもう考えないようにしている。
自分の店を経営し、彼女自身も洋裁を得意とする薫子さんは、度々俺を着せ替え人形のようにあれこれといじり回す。着せられる洋服が俺も喜んで体を預けるのだが、なんと言っても可愛いものに目がない彼女のことだ。ゴシックファッションを思わせる、フリルたっぷりのどこぞの王子のような服やら、妖精が着ていそうな真っ白いワンピース…きらびやかな洋服の数々と相反して、俺の顔は死んでいると思う。
それともう一つ…これは本当にやめて頂きたい。毎回気配を察知する度に、俺が全力で抵抗している……女装。初めてウィッグを被せられ、化粧を施された時はもはや半泣きだった。それでも薫子さんの腕力の前では、俺は少しでも早く終わることを願う他なかった。
一度、なぜ自分なのか。光汰では駄目なのかと質問したことがある。
言わずもがな光汰はイケメンであるし、身長も申し分ない。モデルにするには打って付けだろうにと思ったのだ。
だが俺のそんな素朴な疑問は、薫子さんのきょとんとした顔から発せられた、至極当たり前のことを言うような口調の前に霧散した。
『だって春ちゃんの方が可愛いじゃない』
その時は、薫子さんのそのあまりの真剣さに俺の方がおかしいのかと思いかけた。あの頃より成長した今の俺なら何か反論出来るだろうか。…いやそんなことをした所で、薫子さんのが降ってくるだけと分かっているけれども。
──彼女曰く。初めは光汰に洋服を着せていたのだが、年を重ねる毎に可愛げが失われていく我が子を前に、意欲が湧かなくなったという。そこに丁度良く現れた俺というマネキン。頼んでもいないのに熱く、いかに自分が薫子さんにとって救世主であったのかを語られた俺は、すぅと目を閉じてそれ以来、全てを諦めたのである。
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