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後日譚の隣。6
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過去へ逃避していた思考を現在へ呼び戻す。体は未だ、薫子さんの腕の中だ。遅刻の2文字が頭を過ぎり、俺は本格的に薫子さんを引き離しにかかった。
「あの、薫子さん…そろそろ光汰を起こしに行きたいんですけど」
「もう寝たままでも大丈夫よ」
「いやいやいや、そういう訳にも!いきませんっからっ!!」
ふんと渾身の力を振り絞り、ようやく外へと逃れる。あぁ、空気が美味しい。危うく今日こそは外れるかと思った肩を回し解していると、しばし不服そうだった薫子さんがふと真面目な声音で言った。
「……ね、春ちゃん。光汰って馬鹿でしょう」
突然変わった空気に、俺は話の流れが読めずにただ狼狽えて、思わず薫子さんの顔を見た。
…何も分からなかった。何と返すのが正解なのかも、言葉の意図も。でも今、なんだかとても大切な話をしてくれようとしていることだけは分かった。
その時ばかりは…いつもふざけてばかりのこの人が、母親の顔をしていたから。
「気付いてただろうけど、最近の光汰なんか変だったでしょ?…まぁ、様子がおかしいのはいつものことなんだけどね。一人で起きてくるし、明らかに何かありましたよって顔してるのに絶対言おうとしないから、私も無理には聞かなかった。本人が決めてるなら、止めるのも野暮ってもんじゃない。ま、要するにあれよ。…うちの馬鹿と、これからも仲良くしてやってねって言いたかったの」
…薫子さんは、俺と光汰の間にあったことを知らないはずだ。でも二人に何かが起こったことを察して、その上で自由にさせてくれている。流石に恋愛絡みだとは思っていないだろうが、確実に今までの喧嘩とは違うことは分かるらしい。母親ってすごい。
(でも……そっか。そうだよな…俺たち別に、一人きりで生きてるわけじゃ、ないもんな…)
『見守られていた』――。そのことに気付いた俺は、精一杯の誠意を示すために深く深く、お辞儀をした。
「ご迷惑をおかけして…すいませんでした。多分もう、大丈夫です。その…だから、えっと…」
色々話したいことがあるのに、上手く言葉に出来ない。そんな自分がふがいなくて気持ちが沈みそうになったけど、しかし薫子さんはそれでも良いよと言うようにくしゃりと頭を撫でてくれた。
薫子さんも、光汰も、坂口も…沢山の優しい人に囲まれて自分は幸せ者だと、心の底から思った。気合いを入れ直し、体を起こす。薫子さんとこんなやり取りをしたのは初めてだ。そう思うと少し照れくさくなり、笑顔で誤魔化した俺は急ぎ足で二階へと繋がる階段に足をかけた。
「えへへ…じゃあ俺、光汰を起こしてきますね!」
「うんうん、頑張ってね~」
「いやぁ…、青春だねぇ……。若いって羨ましい」
たんたんと足取り軽く昇っていった春を目で追いつつ、残された薫子は一仕事終えたようにしみじみと息を吐き…
「……にしてもさっきの春ちゃんの笑顔、死ぬほど可愛かったな~…本気で死ぬかと思った。あ~~~写真、撮っておけば良かった…」
人知れず、がっくりと肩を落とした。
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