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①福富→金城→←荒北
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俺が壊してしまった一年を、お前は何も言わなかった。単なる事故だと片付けたお前は、何よりも真っ正面から挑む事だけを俺に望んだ。
そして一年後に挑んだそのレースは、どちらが勝利を手にしてもおかしくはなかった。本当に僅かの差だった。
だが、互いが歩んだ暗く長いトンネルを抜けてみると、お前と俺を繋いでいたモノはどこにも無かった。
もう一度、その背中を捕らえたいと願うのは許されないことか。
その背中を振り向かせたいと考えてしまうのは、危険なことだろうか───。
「ヨォ!福チャン。今日はエースなんだな」
後ろから久し振りの声が聞こえた。振り向いてみれば、細い目元を更に細めた懐かしい顔が選手とロードを器用に避けながら、厳つい歩き方で真っ直ぐ近付いてくる。
「元気そうだな荒北。洋南のエースはー」
「俺だ、福富。…久し振りだな」
荒北とは違う角度からそばに来ていた金城が、アイウェアを頭へと外しながら不敵に笑った。
「いつかこんな日が来るタァ覚悟してたけどヨォ。なんとも複雑だよナァ、福チャン」
跨いでいたロードから足を外しそれを腰に凭れさせながら立ち直すと、目の前の二人は隣同士に立っていた。その立ち位置に荒北の言った“複雑”という言葉がしっくりときた。少し前までは自分がソコに立つのが当然で、腕組みをした自分の代わりに腰に手を当てた金城が荒北と揃いのジャージを着ている。
「前年同様、明早が勝たせてもらう」
「悪いが洋南も負ける訳にはいかない。うちには…うるさいヤツが居るもんでな」
グローブを外し握手を促すように出された金城の右手に、俺もグローブを外してその手を握る。
力強く握られるその手から、穏やかに笑う金城の隠しきれていない闘志が漏れ伝わった。
しかしその気配はほんの一瞬で、ふわりと消えた。
金城の肩に荒北が腕を回していた。
二人の立ち姿は、妙に俺を苛立たせた。
「ずっと仲間だったからナァ、福チャン。悪いが今日は勝たせて貰うゼ?金城も俺も、負ける気は無ぇんだわ」
交わした二人の手を払い除けるように、荒北の手が伸びてきた。離れた事を気にする様子もなく、金城は再びグローブを嵌めて拳を作った。使い込まれたグローブもまた、荒北と同じ物だった。
宙に浮いたままの手を戻し、グローブに指を通す。
かつてのチームメイト、ましてや俺のアシストであったことすら疑うような剥き出しの闘志が、荒北から容赦なく向けられている。
「だが、勝利は譲らん。俺はー」
「ハイハイ。福チャンは強い!」
そう言いながら、俺のジャージの緩めていたファスナーをおもむろにキュッと一番上まで上げられた。まるで箱学の頃のように世話をやいてくれる荒北を思い出したが、彼の顔を見てハッとした。それは、今が戦国の世ならば首をかっ切られていてもおかしくはないほどの威圧だった。
俺の動揺に気付いたのかどうか、荒北は鼻で笑った。
「わかってんヨォ。そんなことはさ、俺が一番」
軽く胸を押されてから荒北はまた金城の隣へと、定位置だと言わんばかりに戻り、彼の首に腕を回した。一度だって俺にそんなことはしなかったではないか。
「でもヨォ。俺の真護チャンも強いヨォ?まぁ見といてよ福チャン。後ろから俺達をさ」
肩に回した手の先が、ひらりと舞った。
「福富、またあとでな」
「ああ」
長年連れ添った、と言うような二人の雰囲気がどうにも俺は気に食わなかった。
二人の背中を黙って見送りながらも、チームメイトがこの場に居なくて良かったと奥歯を噛み締めた。
「ったく。待宮どこいきやがっタァ?せっかく福チャンと話せたっつーのにヨォ」
「そういえば、新開の姿も無かったな」
背中を向けた二人の会話はまだよく聞こえた。
スタートライン付近の選手がこぞって居ないのだから、それは仕方がないのだろう。
「ったく。どいつもこいつもいつまでも子供じゃネェっての。…アッ!テメェ何食ってやがんだ?レース終わるまでマテっつーの、このデブ!」
荒北の視線の先には新開がチョコバナナらしきものを食べながら戻ってきていた。最後の一口を放り込むと近くのゴミ箱に何やら入れた新開が笑いながら二人に近付いていく。
「相変わらずだなぁヤットモは。やぁ金城君。すっかり保護者だな」
「ッセ!おい新開、福チャン一人にしてんなよ!さっさと行けよ、馬鹿チャンがぁ」
口許についたチョコレートを親指で拭き取った新開が噛むように自身の指を加えた。
「金城君。キミのお陰で靖友の口も良くなるかと期待してたんだけど。…随分大切に可愛がってくれてるみたいだな」
反対の手を差出した新開と金城の手がグローブをしたまま重なった。
「素直に再会を喜べないだけさ。悪いな天の邪鬼で」
頭をかく荒北が金城の背中を黙って押している。
「ハハ。靖友、オメさん、すっかり良い嫁さん貰ってたんだな。じゃあまた後でな!」
「ッセーよ、サッサと行け」
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