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【短編集/修中心】All the thing he said
彼が言ったすべてのこと
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生駒+修
不器用な修と、先輩な生駒さんの話。
舞台は少し未来の戦場。
木虎+修
失敗してしまった木虎と、すべてを受け入れた修について。修は、きっとなにかを守って消えていくのではないかな。
千佳+王子
とある談話室にて。予言のような、そうでないような。
ボーダーの施設の内容がしっかりわからないまま書いてます。
迅(+?)+修
予知のサイドエフェクトはどんなふうに伝わるのかなぁ、と考えてたらできた代物。かなりの捏造入り。
遊真(+影浦)+修
修の人生における立ち回りの下手さと、先輩の以外な世話焼きさと、遊真の夜。
がらがらと崩れ落ちる『元』ビルの山。
これがトリオン体でなければ、シールドを箱形に展開していなければ、埋もれて這い出すのは時間がかかったであろう(困難ではあるが。人間には到底不可能でも、物理的な軋轢に強いトリオン体では出来ないことはないのだ)。
箱形のトリオンの壁を、CMなんかで見るトラックの荷台が自動で開くあれのようにする。すると、シールドに押し出されて上に乗っていた意思やらコンクリートやら鉄骨やらが退いていった。半径0点5メートルほどの空白に立ち上がり、生駒は、今しがた助けたその人の、ブラックパールの色をした手を取った。
「ありがとうございました、生駒先輩」
「おぅ、気にせんでええで。さて、次は西やな、行けるか?」
「はい」
まだ名前をつけられて間もない侵攻だった。
会議室は踊り事務員は隠れ隊員は各自隊長にしたがって街へ繰り出している。
その中の一人と一人である生駒、三雲は、それぞれ隊員とはぐれていた。というより、強制的にはぐれさせられていた。街のなかで鉢合わせたところ、三雲と生駒がいたスペースにアリスさながらの大穴が空いたのである。
そしてどうなったかといえばこうなった。つまり物理で押し付けて動けなくしてやろうという魂胆だろうか。相手がどこにも属さない小国だったために情報が行き届いていないのかも知れなかった。
「それよりもワープらしき能力を使うものがいるのが問題ですね。もう映像入っているとは思いますが、報告は?」
「もうやってある」
そう言うと修はひとまず息をついて、すぐに立ち上がり、握られた手を緩くほどいて、走りだし。
その間にまた礼を言った。
「………そんな言わんでも、十分伝わっとんのやけどな」
「いえ、これはぼくではなくて、先程千佳を突いて飛ばしていただいたことに対してです」
ここだけ聞けば生駒が雨取千佳をいじめたようだ。
実際は、ワープホールに落ちそうになった少女を突き飛ばして死守したというだけである。
助け合いの戦場でそんなふうにいちいち礼をいうとは、なんとも律儀というか。
「ぶきっちょか!」
「ぶきっ………? ああ、不器用、ですね。ぼくは手先は器用な方だと思うんですけど」
「出た、メガネマジレス。自分なかなかボケ殺しやけど天然なん? 恐ろしいやっちゃで」
瓦礫の上を跳び、駈けながらも彼は不思議そうにこちらを見た。この分ではなにも理解していないようだ。
西のブロック――三雲隊、生駒隊乃面々が揃い、同じくそちらに敵方の中ボスらしき近界民もいるという。オペレーターの指示にしたがって右下左。途中で人の気配がまだかすかに残っているような家を突っ切ったりしながら、走る。三雲が、こういう人の記憶を素通りしていける人間だというのは意外だった。
「………………いや、ちゃうな」
彼をちらりと見て、後ろに遠退く住宅地を見て、生駒は聞こえないようにぽつり漏らした。
眼鏡の向こうの男にしては長い睫毛と、手を加えられなくとも形の整った眉を歪める三雲をみれば、平気だとは言えないだろう。生駒の視線になにも反応を返さない辺り無意識でやっているのか。
第二次侵攻の際レプリカというナビゲーターと、仲間のキューブになり済ましたそれを抱えて家々を隠れ蓑にしたと聞いた(自慢げな迅から)。まあそういうこと、なのかもしれない。
もっと器用に生きるなんて造作もないことやろう。この、賢そうなおぼっちゃんには。生駒は、ようやく見えた仲間に声をかけつつ、駈けながら、思った。でも、そうしないのだ、と。
「あほやなぁ……何時死んでもおかしないわ」
三雲は、早速近隣のよさげな場所にスパイダーで罠を張っている。こちらに「これはこう使ってください」と言わないのは、恐らく信頼か、信用かだ。
その横顔の瞳は、深海というよりマグマ溜りのような熱を持っている。そして、容易くつかめるような見た目をしているのに、どうしようもなく深かった。
×××××
I never worry about action, but only inaction.
行動する事は少しも恐れはしない。恐れるのは、ただ無為に時を過ごす事だけだ。
- Winston Churchill(英国の政治家、ノーベル文学賞受賞 / 1874~1965)
遅かったのだと、悟る。
トリオン体を解除する愚行を、何度も繰り返すなんて絶対にやめなさいと、言ったのに、このざまだ。
銃創はもう手遅れなほど抉れていた。木虎は、意味がないことを知りながらも、自分の膝の上で横たわる三雲の腹を強く押した。どくどくと溢れでる血は止まりはしない。木虎の絹のような肌を、指を爪を、赤黒く染めていく。裂けた三雲のシャツと、木虎の手の白さと、血の赤がまじりあって、まるで錦鯉のように艶やかな状景だった。
「ぼくはこのまましねるだろうか」
一ミリグラムの軽さで私の頬を撫でる。三雲くんは、横っ腹から致死量の液体を流しながらも、私を案じるように身動ぐ。
「動かないで、よ………ッ!」
「………木虎のことが心配なんだ、木虎は、自分より無茶をする人間がいなくなったら、止まれないだろ」
もしかしたら化けて出てしまうかもしれないなぁ、なんて笑う。こんな風に笑いかけられるのは初めてで、うれしいようなむず痒いような気持ちが零れ落ちそうて。でも、こんな気持ちでも、貴方の生を引き換えになどなりやしない。
目を細めて 緩やかに笑う貴方。
「ずるいひとね」
ほんとうにずるいひと、と、内心で啜り泣く。そうやって自分だけ傷ついて、私に心配させやしない!
三雲くんは、私の手をゆるりとはずしながら、トリガーを持った。腰まで渡る傷を抱えて、また立ち上がる。なまくらのレイガストを支えにして、しゃがみこむ私に向かってきたネイバーを、受け止めながら。
紛れもない悪夢。
あり得そうなそれを、見続けなければいけないと、脳のどこかで指令が出ていたのかもしれない。彼が白く灰になるその瞬間に、やっと、私の夢は覚めた。
私は閉じきった雨戸を数センチだけあける。集合住宅の向こうには、台風の過ぎさった晴れ間が広がっていた。未だに過ぎていない雨雲は、私の夢の残燭のようて、ぎり、と唇を噛む。
「………そんな失敗、してやるもんですか!」
起きた瞬間に、ぽたぽたと枕を濡らしたのが、冷や汗か涙かは知れないけれど。
×××××
Failure is not fatal, but failure to change might be.
失敗は致命的ではない。変わらなければ、それこそが致命的になりうる。
- John Wooden(米国の元バスケットボール選手、コーチ / 1910~2010)
レンズ越しの目がとてもきれいな翠で、犯されない至善のうつくしさに惹かれた。
「あなたの魂胆はもちろんわかっていますよ」
「なのに抵抗するのかい? ぼくらはいつも通り戦うよ」
「ええ。そしてぼくたちが勝つんです」
恐ろしい後輩だ――そう思いながらも、浮かんだのは微笑みだった。
この手を掴んでくれるなと、思いながらも何回目。
ランク戦で当たった数は、そろそろ両手に上っている。
三雲修率いる玉狛第二は、常に王子を楽しませ、同時に王子隊がA級へと上がろうとするのを邪魔していた。そうであるからこそ、王子は彼らと戦うのが――三雲修と対峙することが、楽しかった。愉悦に満ちた笑みは、蔵内や樫尾などには多分、バレているだろう。
「………おや、あれは」
見知った後ろ姿に足を止める。可愛らしく、両手にすっぽり収まってしまいそうな錯覚さえ起こさせる小さな頭部。そこから飛び出た三日月型の毛の束。
「アマトリチャーナ!アマトリチャーナじゃないか」
「え、っ………ぁ、お…うじ、せんぱい?」
オープンな談話室で、テレビの前のソファに一人で座っていた千佳は、聞き慣れない声に戸惑ったような声で振り向いた。
王子ははじめ、そうほんとうにはじめの方は、彼女は臆病な部類の人間なのだろうと思っていた。大多数の人間がそういう印象を持つだろう。それは間違ってはいないが完全に正解であると言うわけではないことを、千佳が玉狛第二の銃手として動く様を見、王子が結論付けたのは、最近のことだ。
その証拠に、つい先日敵対……的として当たった王子が千佳のとなりに座っても、彼女はたいした衒いを見せない。
「こんなところで何をしているんだい?」
電源の入ったテレビはわざと視界に入れないようにして、千佳に問いかける。王子は彼女を可愛らしいと、先輩的な意味で思っていたから、話の種があるなら広げない手はない。
「テレビを………ニュース、を見ていたんです。修くんが今、模擬戦に行っているので、それが終わるまで」
薄型のテレビからは、報道番組特有の軽快そうな音楽と、一切の途切れもなく文字を読み上げるアンドロイドのようなアナウンサーの声が聞こえる。
「こんな女の子を待たせるなんてわかっていないね」
「わたしが待ってるって言ったんです」
王子の、修をからかうような言葉に、千佳は少しだけ表情をなくして応えた。
同輩と共に銃の扱いを学んでから、隊長が終わるのを待っているのだと。
お詫びとばかりに、談話室の備え付けの自販機で果実のジュースを奢ってやると、千佳は小さい礼をした。
ランクが上になろうとも自分が後輩であると言う立場を弁えているのには好感が持てる。これもあの礼儀正しい隊長の教育の賜物であるならば、彼は、教師かなにかになった方がいい。
王子がそう思っているとはいざ知らず、千佳が目線を向けたテレビはぺかぺかとレポーターを写し出している。画面は大きいと言えるほどではなく、しかし千佳と王子二人で観るには見合った大きさだ。
レポーターはおちょぼ口にざらついたマイクを近づけ、こちらに(正確には、カメラに)とある著名な女の名前を告げる。
『――こちらのアパホテルの一室で、彼女は首を吊っており、足下の靴の中には遺書と思われる紙片が……』
『――大女優と呼ばれた彼女がなぜこのような道を選んでしまったのでしょうか………』
『―――引き続き取材を進めます。それでは、スタジオにお戻しします……』
断片的に拾った情報は、命が物のように扱われるテレビ番組の現状を伝えるには十分だった。
夕方の報道番組にゲストとして登場したり、有名な賞をかっさらったこともある三十路の女優が亡くなった。それに続いて、なん人ものファンが死んだのだと言う。
俗に言う後追い自殺。残された家族にとって理不尽な悲劇でしかないそれ。ボーダーという組織で見るにはなんとも微妙な話題だった。
そのようなことで死ぬのか、と言葉を包むオブラートを持ち得ない者ならば言ってしまうかもしれない。千佳が押し黙っているのを見下げて、王子は彼女に言葉を落とす。
「女優冥利に尽きるんじゃないのかな」
問いかけというより、彼女が何か言いたそうででも言えない、という風だったからそのきっかけに。
「………そうでしょうか。死んでしまったら、どうにもなりません」
くりっとした眼を臥せる。手元のジュースがからりと音をたてた。
「ふむ、案外冷たいんだね……アマトリチャーナは。きみはもっと、感受性に溢れた少女だと思っていたよ」
王子は、千佳がなにかしらの人物を………例えば、なくした家族のような誰かを、思い出しているのだろうと辺りを付けて、しかし、彼女が話を拒絶するようすでなかったので、話をまた掘り下げる。
「………そうだね、例えば、きみの隊長が死んだとしたら、どうするのかな」
「………………………修くんが」
もう女優のことなど忘れたかのように地元の祭りの規模を伝えるテレビ画面に目を向けたまま、千佳は肩をピクリと動かす。
さて、どう出るか。もはや、千佳が傷つきやすいだけの少女ではないことはわかっていたし、隊長に関してはかの玉狛第二の結束は鋼より固い。だから、例にあげて聞いてみる。
そして、王子は、彼女の返答に片方の眉をあげた。予想外だったのだ。
「そのときは、わたしは、死にます」
悪事でも働いたような胸の痛さを、王子は感じた。沈痛慷慨とした少女の顔つきは、その時を予期するようでもあった。
「………後追いはしないんじゃ?」
「いえ……いいえ。わたしはきっと、修くんが死んでしまったら、自殺なんてしなくとも死んでしまうんじゃないかと思うんです。何かの要因で、死んでしまうんじゃないかと」
千佳は、話の内容にそぐわない、赤児が初めて笑い出すときのえくぼのような消えやすい笑いを漏らす。
「なるほど……! きみを冷たいといったことは訂正しよう! アマトリチャーナはとても情熱的だ」
王子は言葉を続ける。
笑いをこらえようと、王子の笑窪が何度も出たり消えたりするのを、千佳は静かに見ていた。
「そして、きみの隊長は………オッサムは、中々にたいした人間らしいね。俄然、興味が湧いてきたよ」
「修くんを、困らせないでくださいね」
「ああ、わかっているとも」
眼前のテレビでは、地球温暖化による砂漠の増加のようすがドキュメンタリーとして加工されていて、報道番組から他に番組が変わったのだと知らせてくる。
彼女の目は、彼女の隊長の在り方は、砂漠に似ているような気がした。その死の砂漠の熱さと、夜の冷たさに。
×××××
A life is not important except in the impact it has on other lives.
他人の人生に影響をもたらしてこそ、人生には意味がある。
- Jackie Robinson (米国の黒人初のメジャー・リーガー / 1919~1972)
サイドエフェクトの予知を、その機能を「言っている」などと擬人的に言うのは迅悠一だけであるといってもいい。彼のサイドエフェクトの性質、そして、周囲の理解が早いという利点にもよるものだが、最大の要因は本当に「言っている」ことにある。もちろん、それは迅しか知らないことだ。
『迅さん、その人今から、飲酒運転をしそうですよ』
『あの犬……飼い主とはぐれたのを他のは人に拾われるみたいだ……』
『あのおばあさんが転けると骨折してしまいますね』
脳に直接響く声は、迅より少しばかり若い男の声だった。彼に名前はない。
常に迅の脳内を埋めるその声を、幼い頃の迅は気味悪がった。淡々と予知だけを告げること、その声が時おり重なりダブって、混乱を極めること。そして小学生の身ではそれが制御できないことが、迅を狂気の縁に追いたてた。
それでも、本来賢いこどもだった迅は次第に少年の――その当時は迅よりも年嵩の――声に耳を傾けるようになった。拒絶するだけでなく受け入れる努力をするようにスレは、サイドエフェクトはただ悪いだけのものではないと解った。……ひたすらに苦しい思いをすることも、多々あったが。
『この区域に、一人の子供が侵入してきます』
城戸指令に会議にてお目見えしたあと、ふと、サイドエフェクトは言った。迅はちょうど、立ち入り禁止区域を歩いているところで、こんなところに来る子供など気がしれないなと思いながら聞き流す。
どうやらサイドエフェクトの方には、迅の気持ちを察することはできないらしく、言葉にしていない暴言がサイドエフェクトの言葉を邪魔することはなかった。
「ふぅん、それで?」
誰かに見られても変に思われないよう一応耳に手を当てて、言葉を促す。蒼いジャケットは同じように透き通った空に溶け込まず鮮やかで、瓦礫の中でひょいひょい道路を歩く迅の足取りは軽やかだ。
『……その子供は、冥くて、らんらんとした目をしています。目的のためならば、なんでもしてやろうという。放っておいたら、ただただ上層部の手を煩わせるだけの存在になるでしょう』
「放っておいたら……? 干渉すれば、その限りではないってことか」
『迅さんは、その子供に接触する』
確信をもって述べられた未来に、それが確定された未来なのだと知る。迅は、少し立ち止まって、立ち入り禁止区域の端っこのフェンスを見た。なんの変哲もない、硬質なフェンス。向こうには崩落した家々や、まだ形をとどめたままの住宅が広がっている。
「その子供は、おれたちの未来をどう動かすのかなぁ」
『それは、まだ』
「あ、わからないんだ?」
わくわくするような、怖いような。
迅は、口許をくいっと引き上げて笑う。未来の分岐点は明るいか暗いか。イレギュラーな存在はどう影響を及ぼすのか。神の視点を与えられた迅を、生ぬるく風がさらう。
『迅さん』
「んー? どうしたの」
『……きっと、あなたはその子供を助けます』
「へぇ」
こんな風にサイドエフェクトの柔らかい声が“念を押す”のは珍しい。サングラスを降ろして装着すると、そろそろ来るだろうネイバーの出現場所までの歩みを進めた。
「おれはその子のことを好きになるんだろうな」
『……なぜ、ですか』
「なんていうかさ、その子……」
サイドエフェクトの少年ときちんとした会話が成り立つなんて、なんだか面白くて笑ってしまう。人々の姿が見えない、廃墟と化した町並みが、特別素敵に見えた。
「きみに、似ている気がして」
実際に逢ったとき、似ているどころの話ではない、優しい声にずっこけてしまいそうになったのは迅だけのトップシークレットである。
恐ろしい目になんども遭うであろう少年を、積み重なったネイバーの残骸のしたに見たとき。
「なぁ、彼とこの世界と、どちらかを失うとしたらどちらを選ぼう?」
からからと笑いながら小声で、サイドエフェクトの彼にしか分からないように言った。運命的なまでに引き寄せられた、迅と眼鏡の少年。この運命をサイドエフェクトの彼が望んでいたとしたら、こんなに楽しみなことはなくて。
でも、同時にサイドエフェクトによって語られる眼鏡の少年の悲劇に喉元がひきつるような思いがした。
「無事か? メガネくん」
数秒しても答えが反ってこないものだから、今回は話してはくれないのかな、と諦めて、救った少年に話しかけてみる。
彼がゆっくりと頷く、その合間に、サイドエフェクトが再び脳に聲を響かせた。
『中間をとってぼくを半殺しで世界半滅亡くらいにしてください』
あはは、なんて大声で笑い飛ばしてしまうのをこらえて、少年の背中を押しながら、迅は、ニヤリとした。
サイドエフェクトに姿形があるならば真顔で答えていただろうその答え。ぼく、と、言って、なんの恐れも見せない声で、アポカリプスの再来さえ告げる。
ああやっと本性を表しやがった!
「きみを守ってみせるよ」
星に見下ろされた神の子は、パッと顔を輝かせてからのたまう。自分のうちに飼う少年と、大人しく手を引かれている眼鏡の少年の、どちらもに聴こえるように。
×××
If you want to make God laugh, tell him about your plans.
もし神様を笑わせたいのなら、君の将来の計画を神様に話してごらんなさい。
- Woody Allen(米国の映画監督、俳優、脚本家 / 1935~)
些細な出来事だったのだ、とレイジは思う。
「今日のおやつはぼくがつくります」
買い出しに行っては、毎度荷物をすべて持ってしまったり、昼食に行ったら、全額負担しようとしたり。大人としては間違っていない選択だ、が、三雲は静かに、眉を潜めていたから。そういうことだったのだろう。
カシャッ、カシャカシャカシャ。
素早くボウルの中身を混ぜると、三雲の手によって乳白色のクリームがてらてらと光っていく。数十分で、三雲の置いた月白色の皿はテーブルを埋めていた。ここにあの小さなお子さまがいたなら、目を輝かせていたに違いないのだが。
「………それで、最後、か?」
「ええ、はい。シュークリームですよ」
「……シュークリーム」
なんて、手間のかかる。
レイジは片手を額において眉間をつまみ、ぐうとうなった。
「……修」
「どうしましたか? レイジさん」
「…………すまなかった」
「何が、です」
「お前を子供扱いしすぎたな、わかっていたんだが」
三雲はひょろい。レイジが本気で掴んだら折れてしまうのではないか。
だから、ついつい手伝ったり、抱えたり、請け負ったりしたくなるのだ――三雲の、背負うものを。
「レイジさん、ぼくはそんなに弱いですか」
弱いだろ、とは言えなかった。ボウルを支える手に、幾つもの絆創膏があるのを見たら。
最後の皿をコトリ、とダイニングキッチンに並べ、シューに黄色のクリームをつぎ込んでいく。三雲の手つきは最初とは違い、危うげがなかった。絆創膏は、彼が面倒ごとに突っ込んでいったときのものだ。
「ぼくはレイジさんに、守ってほしいわけでも、ないんですよ。……甘えたいときはありますけど」
「怒ったか、修」
「……まさか」
「修が“それ”をするのは、怒ったときだと思っているんだがな」
大量に、手間のかかる菓子をつくるのが、怒ったときの修のやりかたらしかった。発散するためなのか、暗に怒りを伝えているのかはわからない。ずらりと並んだおやつは壮観ですらある。
「レイジさんが、ぼくのこと思ってくれてるのはちゃんとわかってます。だから、」
怒ってなんかいません。
まなじりを下げて笑う横顔が、テーブルを避けてレイジの反対側の椅子へと向かう。そのままぽすり、と三雲が座る前に、レイジは三雲の行動の意図をやっと察した。
クロカンブッシュで築かれた山を見やる。
三雲がこうして美しくデコレーションするのは、手間暇かけて、それをするのは、怒りの発露なんかじゃない。
叱ること、責めること、詰ること。それらを『してはいけない』と思っているのだ、三雲修という少年は。
「十分に甘やかしていると思っていたが、足りなかったらしいな。いや、方向性が違ったのか」
「レイジさん?」
「…三雲、怒っていいんだ、理不尽に、ぶつけていいんだ。俺は、お前の愚直ひとつや二つでお前を嫌いになったりしない」
三雲に必要だったのは、物理ではなく誠心、のようだ。
レイジは精神攻撃といわれるそれが苦手ではあるのだが、三雲を有りの侭に受け止める覚悟ならとうの昔にできている。
「これは、全部もらってもいいんだろう?」
まずは、三雲が言葉にできなかったきもちを、食べてやることにしようと、驚く三雲の前で、自分の手には随分小さなフォークを取った。
×××
Don’t walk behind me; I may not lead. Don’t walk in front of me; I may not follow. Just walk beside me and be my friend.
ぼくの後ろを歩かないでくれ。僕は導かないかもしれない。ぼくの前を歩かないでくれ。ぼくはついていかないかもしれない。ただぼくと一緒に歩いて、友達でいてほしい。
- Albert Camus (フランスの作家、劇作家、ノーベル文学賞受賞 / 1913~1960)
夜の三門市は、乱暴な闖入者への悲鳴が昼よりないので、静かだ。たまにどこからか、爆発音が漏れているくらい。
よくよく考えてみればそれも尋常ではないのだが、三門市民たちは慣れきっていたし、近界を旅していた遊真も例外ではない。
昇りきっていない月を背に、遊真はぷらぷら脚を揺らす。屋上の縁では風が思い出したように時々、吹いていた。
玉狛支部の拠点である建築物。ここの屋上は遊真の気に入りだった。昼は風通しがよくあたたかで、夜は星空が煌めいて見える。
遊真が見上げると、ひときわ耀く赤い星がある。ぎらぎらと照るそれは遊真自身の目の色でもあり、昼間本部で見た、先輩の心の持ち用のようにも見えた。
「空閑じゃねェか」
本部で声をかけられることが増えたのは最近で、きっかけはB級ランク戦だったように思う。殊にこの、目付きの鋭い先輩は。
「かげうら先輩。ドーモです。……今日はこっちに来てるんだな?」
「ヒカリに追い出されたんだよ」
アホが、なんて吐き捨てる影浦だが、言葉にはそれほど勢いはない。遊真は短い間に、影浦が存外仲間に甘いことも、面倒見がいいことも知った。自隊の隊長には全くもって敵わないが。
「……あ? ンだ、オメー隊長は連れてきてねーのかよ」
「会いたかったのか」
現に一人の遊真の回りを見渡して、三雲がいないと指摘してくれる。迷子癖のある遊真を心配するように。
「違えよ」
遊真の冗談のような問いもすげなくかわされる。
「オサムは書類をテイシュツしにいったぞ」
「書類……あー、あれか…早ぇな」
思い当たるものがあるらしく、影浦は面倒そうに首を掻く。聞いてみるとずいぶん慎重に書かないといけない、しかも隊長にしか見せられないものらしい。
「チッ、荒船にでも頼むか……」
「オサムに手伝ってもらうか? このあと他のB級の書類を見てやるって言ってたぞ」
本部で飲み物を飲んでいるときだったか、三隊ほどの隊長に頼まれたのだ。早く終わったから良いぞ、と特に気負いもなく了承していた。
影浦はそれを聞くと呆れたように目を見開く。どうしたんだ? と訊ねると、相変わらずだな、と返される。はて。
「ンなもん放っときゃいいだろうが」
「オサムは困っている他人を見捨てられない質なんだ」
見捨てない、でなく見捨てられない。強制観念のように手を伸ばす。本部でも人助けはしているのだから、影浦もどこかで見ているだろう。
白い壁に寄りかかった影浦は、何処かで聞いたような言葉を漏らす。
「……生きづらそうな生き方してる」
それはかげうら先輩もだろ、とは思ったが。遊真はあえて、その貶し文句に反論をすることはなかった。影浦の言うことはもっともであったし、遊真もそう思うから。
「…あ?」
さきほど掻いていた首筋に、何かしら刺さったのか。遊真を不思議そうに見る影浦。
「……何が“うれしい”んだよ」
「お、刺さってしまいましたか。これは失礼」
思いだしただけだ。
助けを求める手ばかりの、圧迫された深海のような、そこでいきる修の、それでも遊真に答えた言葉が強かったのを。
遊真が影浦と同じことを……生きづらそう、なんて修に説いたとき、返された言葉を影浦にも教えておく。
この先輩は興味がないといいながらも、穿った目線で修を見ることもなく目をかけてくれているらしいので。
「……筋金入りのバカかよ」
修を評する影浦の表情は、噛み潰した苦虫がそこまで苦くなかった、という感じの微妙なそれだった。
「オモシロイだろ? うちの隊長は」
ニッ、と遊真が笑うと、白髪をぐしゃりと撫で、「バカが犬死にしねーようにしろよ」と不器用な優しさを残して去ってゆく。
気づけば星の位置が随分変わっていた。
町の方から本部へ、流れ星が走る。見るに、残りはあと2人。新たな闖入者に、勝てるだろうか。
「オテナミハイケン、ってやつだな」
ぷらぷら揺らした脚は楽しげに。瞳は水面に写る月を浚う。水の緑蔭に沈む月は、隊長の静かな笑みと、信念にも似ていて。
×××
I’m happy to be alive, I’m happy to be who I am.
ぼくは生きてることが幸せさ。ぼくがぼくらしくいられることが幸せなんだ。
- Michael Jackson(米国のシンガーソングライター / 1958~2009)
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