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1.不安だらけの引越し-3にしおりをはさみました!
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1.不安だらけの引越し-3
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お昼を過ぎてから引っ越しの作業が始まり、先にテレビや本棚を荷台に積んで、次に昨日詰めた段ボールを次々に運ぶ。
桃李が友人から借りてきた軽トラックは、全ての荷物を一回で乗せる事ができて、何回も往復せずに済む事ができた。
「ポン太、行くよ」
李登は桃李が運転席に乗ってシートベルトを締めるのを見てそろそろ出発だと分かり、助手席に乗ってから外にいたポン太を手招きして膝の上に置いた。
「荷物あんまり無いんだな」
「うん…。必要最低限しか持ってかないから」
李登がそう言うと、桃李は納得したようで、そうかと一言言うとそのまま車を走らせた。
「男はこんなもんか。俺もあっち(フランス)に行く時、ボストンバッグ一つだけだったからな」
確かに、桃李はフランスに行く時、大きめのボストンバッグを一つだけ肩に掛けていた。
その姿を見て、李登はそれだけの荷物で大丈夫なのかと心配になった事を思い出す。
「桃李兄は荷物少なすぎだったんだよ…。俺、あれだけの荷物でいいのかって心配になったもん」
膝の上で寛ぐポン太の背中を擦りながら李登がそう言うと、桃李は笑いながらその時の事を話し始めた。
「あの時は、あっちで買えば良いかっていう考えだったからな。まぁ、現実はそんな甘く無かったけど」
「なんで買えなかったの?」
「あっちに着いてからすぐに寮に入って、その日から修行が開始だったからな。物は買いには行けないし、慣れ無い場所で何処に何があるのか分からないしで大変だったんだ。そのお陰でお金はたんまり貯まったけどな」
「へー…。あっちは…楽しかった…?」
「あぁ。楽しかったし勉強にもなったよ」
桃李は昔を思い出して笑っているが、李登は桃李がフランスに行って大変だった事を知っている。
それは、左眉上に縫われた古い傷口が物語っていた。
「ふーん…そっか……」
李登が中学二年の時、夜中にトイレに起きると、珍しく顔を揃えた両親がリビングで話しをしていた。
その話しをしている内容は、フランスにいた桃李についてだった。
父の知人の店で修業していた桃李は、桃李が話さなくても、その知人のパティシエから全ての情報が入ってきていたようだ。
父は時々、その知人に桃李の事を聞いていたようで、その中の一部を李登はその時聞いてしまった。
その内容は、つい最近の出来事だった。
桃李には元々パティシエの素質があり、まだ修行の身でありながらもいろんなコンクールに出品し、結果を出していた。
そんな桃李を妬む男がいないはずがなく、ある男が桃李の邪魔をし始めた。
けれど、桃李はそれにも怯まず自分の意思を曲げずに貫き通し、脅されても、罵倒されても辞める素振りを見せない。
その桃李の姿に、その男はある夜、桃李を呼び出して何人もの友人を引き連れ、一緒に桃李に暴行してきた。
桃李は幼い頃から空手をしていて喧嘩には強かったが、来週行われるコンクールの為に手を出す事ができず、自分の両手を守るようにじっと身体を丸め、必死に耐え抜く事になった。
もしここで、桃李も手を出してしまったら、そのコンクールには出場できなくなる。
それだけは避けたいと、桃李は男達が自分を殴る事を辞めるまで、ずっと耐え続けた。
そんな桃李を助けたのは、たまたま通り掛かった桃李と一緒に修行をしていた友人の男で、その友人の男が駆け付けると、桃李を殴っていた男達は直ぐに逃げ出して去って行き、顔や身体から血を流して動けずにいた桃李は、そのまま救急車で運ばれ、身体中に打撲と、左眉上を五針縫う怪我を負った。
桃李はそれを師匠である父の知人には告げ口しなかったが、そんな桃李に焦れたその友人が、師匠に桃李が誰にされた行為なのかを話してしまう。
その話しを聞いた師匠は、犯行を犯した男を破門してその事件は終わった。
それを聞いてしまった李登は、部屋に戻り、暗い部屋で一人で泣いた。
李登は桃李の怪我をした姿を想像し、鳥肌が立って怖くなった。
悪い事ばかりが頭を過り、桃李の手紙が来るのをひたすら待つ事しかできない自分が、惨めだった。
その二週間後、桃李から手紙が届いた。
その手紙の内容にはそんな事があった事を告げる文は一つもなく、桃李自身の事は何一つ書いてはいなくて、李登の事を心配する内容だけが書かれていた。
李登は、そんな桃李に腹が立ち、何で何も言ってくれないのかと苛立つ。
心配させない為と言っても、李登は兄弟なのだから何でも言って欲しいと思った。
自分はもう子供じゃないのに、相談されない自分が情けなくて、そして、悲しい。
「嘘つき…」
李登は小さな声でそう言った。
「ん…? なんか言ったか?」
桃李は李登がボソリと何かを言った事に気付き、運転しながら聞いてくる。
「ううん…なんでもない……」
そんな桃李に、李登はそう告げ、窓を少し開けては目頭に滲んだ水滴を乾かし、その先の言葉を閉ざした。
「そう言えば、学校はいつから始まるんだ?」
「…来週から」
「そっか、友達たくさんできると良いな。二年なんてあっという間に終わるから、ちゃんと友達付き合いはしとけよ」
「分かってるよ。一人、受験の時に話し掛けてくれた人がいて、そいつと仲良くなったし、俺にはポン太がいるから平気」
受験の面接の時、緊張しながら自分の番を待っていると、隣りに座っていた青年に話し掛けられた。
陣内陽二(ジンナイ ヨウジ)と名乗る青年は、身長が高く、明るい性格で、とても気さくな人間だった。
陽二みたいな人間と初めて関わる李登は、初対面でも普通に話す事ができて緊張を忘れる。
陽二と二人で緊張を和らげながら自分達の名前を呼ばれるのを待っていたお陰か、面接はスムーズに進み、最初にあった緊張感は全く無く終わる事ができた。
あっという間に面接が終わり、スッキリとした心境で帰ろうとしていた李登に、陽二がまた話し掛けて来た。
その時に陽二とメールアドレスを交換し、その後から陽二とは連絡のやり取りを続けていた。
合格通知が来た日、陽二からも受かったと一言のメールが来た時は、自分の事のように嬉しかった。
陽二も合格と聞いて、学校で友人ができるかという心配は無くなり、不安が消えたからだ。
それに、合格通知が来た日に見付けた新築のアパートは家賃が安く、ペットも飼えるといった好条件。
見付けた瞬間、そこしか無いと思った。
学校からは離れているけれど、電車とバスを乗り継ぐだけで、高校の時と距離はあまり変わらない。
「楽しみだな、ポン太」
ポン太は何も分かっていないので、李登が名前を呼ぶと一回こっちを見るが、すぐに顔を伏せて寝てしまう。
そんなポン太の丸まった姿が可愛くて、李登はポン太の体を頭から尻尾まで優しく撫でた。
「それにしても、良い物件見付けてきたな」
「うん。俺も、こんな良い物件があるとは思って無かったから嬉しかった。絶対ポン太は置いていきたく無かったから…」
ポン太を実家に置いて行ったら、誰も面倒を見てはくれない。
だからこそ、李登はペット可のアパートを探していた。
そんな時に、たまたま通り掛かった不動産屋の掲示板にこれから住むアパートが書いてあった。
李登はすぐに不動産屋に入り、椅子に腰を掛けて新聞を読んでいた亭主に話し掛け、亭主にここに住む事を考えていると話すと、一人暮らしをした事がない李登に、亭主は丁寧話してくれた。
終盤には、そこに住む為に必要な事項を話してくれ、李登は難しい事は頭に入って来なかったが、書類を一通り見てここに住む事をその場で決めてしまう。
「早く住みたいな」
李登はわくわくした感情が溢れ、ポン太を抱き締める手に力が入る。
そんな李登に、これから思いもしない出来事が押し寄せるまで、あと二時間と少しだった。
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