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告白:逃亡にしおりをはさみました!
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告白:逃亡
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[4]
「……横山、顔が死んでるぞ」
「村田か……なんか最近、よく会うな」
社員食堂で、再び経理部の村田に出会した。
会わない時は1ヶ月など余裕で会わないのだが、ここ数日で再び会うとは珍しい。
今日の村田のお盆にはカツ丼定食が乗っていた。それを真一の座るテーブルに置くと、良い匂いがする。真一はA定食だ。白飯に味噌汁、焼き魚にキャベツの千切りが添えられている。量は村田のカツ丼定食に比べると明らかに少ない。
「お前それだけで足りるのか?」
「食欲ないんだよ」
村田が心配してくるのが分かったが、真一は村田を見ないまま焼き魚の身を箸で解す。
同じ部署の同僚には何も言われないぐらいにはいつも通りにしていたのだが、昼食時にのみ稀に会う村田からこうも心配されると、気持ちが顔に出てきてしまっているのかもしれない。
気を付けようと、真一は水を飲んだ。その時、胸ポケットに入れてあるスマホがメッセージを着信し、震える。すかさず真一はそのスマホを取り出した。
『今日はハンバーグだよ~。温めて食べてねん』
送り主は平助だ。何事もなかったかのように送られてくる内容に、真一は苛々する。
『お前今どこにいるんだよ?』と返せば、既読になっても返信は来なかった。
それに対して舌打ちをしてしまいそうになるが、村田の視線を感じ、頭をかきむしるだけで終わらせる。
「お前、本当どうした?何かあったのか?」
スマホを見たとたんあからさまに不機嫌な雰囲気を漂わせた真一に、村田は珍しいものを見たとでもいうように驚いた顔をした。
真一はスマホを胸ポケットにしまうと、「べつに」と返す。
そのまま解した焼き魚の身を口に入れた真一を見て、村田は何か閃いたのか、少し身を乗り出すと小声で尋ねてきた。
「恋人と何かあったのか?」
おそらく村田にからかう気持ちはないのだろうが、真一は無言で村田を睨む。
その目で村田は自分が図星をついたのだと判断すると、「まぁ、付き合ってると色々あるよな」と笑い、体勢を起こしてカツ丼を食べ始めた。
余った赤飯を美奈子にお裾分けしてくる、ついでに母親の再婚報告もしてくると、平助が雨の降る中、傘も持たずに家を出てから3日が経とうとしていた。
あれ以来、平助とは会っていない。
朝起きても、一人で入ったベッドに侵入した平助はいなかった。出勤前の準備をし、一人で朝食を食べる日が3回。真一が仕事に行ってる間に帰ってきているのか、昼食時には夕飯のメニューが送られきて、帰宅すればそれと同じメニューの夕飯が冷蔵庫に用意されていた。
しかし平助の姿はない。
電話をしても出ない。どこに居るのかとLINEを入れると既読にはなるが、先程のようにそれに対する返信は来ない。
明らかに避けられている。
何か事件に巻き込まれたんじゃないだろうかという不安もなきにしもあらず。それが余計に今居る場所を教えない平助に対して苛立ちを覚える。
「喧嘩したのか?」と尋ねてくる村田に、真一は口の中に入れた食べ物を咀嚼しながら首を横に振った。
喧嘩などはしていない。むしろ反対に、お互いの気持ちを確かめあった。ずっと一緒にいたいと言い合った。つまり愛を語り合ったのだ。その後、恋人は姿を消した。というか、避けられている。
いったい何のメロドラマだと、真一は心の中で毒づくのと同時に、口の中の物を飲み込んだ。
平助が自分を避ける理由が思い当たらないでもない。
しかし、それが何故避ける理由になるのかが分からない。
「ほら、話してみろよ。相談のるぞ」
村田はカツ丼を食べながら然り気無く気にかけてくれる。
いい奴だ。本当にいい奴だ村田は。
しかし真一はキャベツを頬張りながら眉間に皺を寄せた。
「こういう話ってしたことないから、何から話せばいいのか分からん」
「まさかお前、恋愛初心者かっ?」
「ん」
信じられないと、言葉を失う村田を置いて、真一ははたして恋愛初心者という表現はあっているんだろうかと考える。確かに初めての恋人は平助だが、長く付き合っているし、今回のことを除けば落ち着いた関係を築けていると思う。
あぁ、そういえば。平助のことでこんなにヤキモキするのは付き合い始める前と、付き合い始めの頃以来だ。付き合い始めなんて、平助が3日間ほど家に帰ってこないのは決して珍しいことではなかった。その時は一切連絡も来なかったが、夕飯のメニューが送られ、夕飯が準備されている分だけ、今はまだマシなんだろうか。
村田は、「いいから思い付くままに話してみろよ。整理されるかもしれないし」と言ってくれる。
そんな村田をいい奴だと思いながら、真一は水を飲んで再び口の中を空にした。
話そうと思ったのは、村田の恋愛経験が豊富そうだったからだ。
しかし本当に何から話せばいいのか。平助とのことで誰かに話を聞いてもらいたいなど思った試しがなく、想像がつかない。
思い付くがままに、と言われるのに従って、真一は話し出す。
「……夕飯食べながら、これからも一緒にいようって話をして」
「いきなりノロケかっ」
「お前が思い付くまま話せって言ったんだろ?」
食べているカツ丼の米を吹き出しそうになったのか、村田は口を押さえながら手で続きを話すよう促した。
「……それで、親に話そうと思ってるって話したら、それはしなくていいって言われた」
「なんで?」
「知らん。で、今なんか避けられてる。帰ってこなくなって3日目」
「お前、同棲してたのかよ……」
村田は再び言葉を失う。
「そんな関係が進んでる相手がいるなら、なんか話せよ。水臭いな」
「進んでるって?」
「親に紹介したいってことは、プロポーズする気でいるってことだろ?いや、プロポーズしたのか?」
「プロポーズ?」
プロポーズって、あのドラマで見るような、夜景の綺麗なレストランで食事を楽しみつつ婚約指輪を見せながら結婚してほしいと頼むあれか。
真一は自分が持つプロポーズのイメージを頭の中に描く。確かにプロポーズといえばプロポーズだったか。イメージとは程遠い、いつも通り過ぎる場所ではあったが。
「でも、親に話さなくていいって言って、しかもそれから横山を避けてるってことは、相手はまだ結婚する気じゃなかったってことか?いくつだ?」
「同い年」
「仕事は?」
「求職中」
「実は既婚者とか?」
「それはありえない」
真一の答えを聞いて、横山は腕を組むと「うーん」と唸った。他人のことなのにこんなに真剣に考えてくれるとは。真一は感心する。
しかしすぐに、「分からん」と匙を投げた。
「とりあえず、本人に理由を聞くしかないな」
「俺もそう思う。でもどこに居るのか教えてくれないんだよ」
「行きそうな場所に心当たりは?」
「…………あるには、ある」
そう言うと、真一は社員食堂を見回した。
真一から見て、左斜め前、食堂の壁際にあるテーブルで、探している人物は同僚と楽しそうに会話をしながら昼食をとっている。
美奈子だ。
真一は胸ポケットからスマホを取り出した。相変わらず平助から返信は来ていなかったが、平助ではなく美奈子のページを開く。
『今日、仕事が終わった後、ちょっと時間あるか?』
それを送ると、食事をしていた美奈子はメッセージを読んだのか、真一と同じように食堂を見回した。そして真一を見つけると、困ったように笑ってみせる。
当たりだ。
平助は美奈子の家に居るに違いない。
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