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そして、雨は止むにしおりをはさみました!
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そして、雨は止む
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「大和……………………っ!!」
ビルの玄関へ出ると、一番に花崎が駆け寄って来た。
「…………………皆…………………」
周りを見渡した大和は、改めて自分のした過ちを知る。
父親に付いて戻って来た錦戸を始め、山代や伊勢谷達までが、自分達を見て安堵の表情を浮かべる。
心配かけた。
心底、そう思った。
「上に立つ人間が、大事な部下の為に命を張れば、部下はそれ以上に命を張る。そう言う世界や、俺達の生きとる世界は………………………それを、てめぇの命も守れん奴が、軽はずみに部下の為に命を張る様な真似しよってからに……………………どんだけの人間に、心配かけた思うとんな。これで、ホンマにお前が死んどったら、誰も救われんわ……………………どアホ」
「親父………………………」
どアホ。
ガッツン。
皆の出迎えを、肩を並べ見つめる父親からの、久し振りの大拳骨。
ごもっとも。
玄関へ向かうジメジメした廊下を歩き、高橋から簡単な経緯を聞いた嵩原は、当然の如く大和を叱る。
甘くない。
やや低めで、サラリと言うこれが、また恐い。
「………………………すみませんでした」
大和は、周りに聞こえないように呟くと、少しだけ頭を下げた。
当分、立ち直れない。
「親父、お疲れ様です」
それでも、組は動く。
廊下から出て来た嵩原を、錦戸が即座にお迎え。
一階のフロアには、20人を越える用心棒達が、ロープで縛られ片側に寄せられている。
これは、錦戸が指示を出し、ロープを花崎らに買いに行かせてシメ上げた。
そして、奥には行かないよう、皆を止めていた。
不安はあったが、嵩原と安道なら問題ないと思ったのと、ここを目指した嵩原の様子から、高橋に関わる『何か』は、自分達が下手に介入してはならないと判断したから。
「助かったわ……………………錦戸」
何も聞かないが、嵩原には錦戸の気遣いが見える。
助かったわ。
その一言で、錦戸の全ては報われる。
「いえ、私は何も…………。ですが、この後の事は?」
「ああ………………京が、片してくれる言うとる。俺らがおったら目立つさかい、早いとこ引き上げよう」
「はい………………………」
そう話すと、嵩原は近くにいた山代達へ目をやった。
「お前ら、よう来てくれたな……………心配させてすまんかった。もう大丈夫やから、帰って休んでくれ」
「……………………ありがとうございますっ」
手の焼ける息子の尻拭い。
大和でなく、嵩原が頭を下げ、皆を労う事に価値がある。
それをしてくれる事によって、皆の疲れは消え失せ、また次を頑張れるのだ。
その価値の違いを、大和はまざまざと見せつけられ、毎度の事ながら自分の小ささを身に染みて学ぶ。
見て、吸収。
聞いて、吸収。
あまり具体的な指示を出さない嵩原からは、そうやって学ぶしかない。
当然、落ち込む暇もない。
距離は、開かれる一方なのだ。
「……………………親父……………………」
ビルのドアを開ける錦戸に促され、外へ出て行く父親の背中を眺める大和は、今日の事を深く頭へ刻み込む。
いつか、彼処へ………………………。
安道は言ってくれた。
『起き上がる気持ちがあるならば、それはきっと報われる』
起き上がるしかない。
起き上がるしかないんや……………………。
大和に残された道に、振り返る余裕はない。
「………………………雨、上がりましたね」
安道のフェ○ーリの後ろへ停めた、嵩原の愛車。
沢山の水滴を残す車に近付き、錦戸は遠くの空を見上げる。
黒かった雨雲から射し込む、太陽の光。
まるで、黒河の汚さまでもが洗い流されるような、美しく無垢な光。
ただ何も考えず、世界を明るく照らす事だけに力を注ぐその光に、嵩原の目も細くなる。
「そうやな………………………」
どうか、子供達へ光を。
苦しみ、悩み突き進むあいつらの道を、照らしてやって欲しい。
親が望むのは、最後は子の幸せ。
それ以外、何を望む必要があろう。
嵩原は錦戸の言葉に短く答えると、後部座席へ乗り込み、直ぐに目を閉じた。
「…………………………だいぶ、お疲れのようやな」
邪魔にならぬよう静かにドアを閉め、錦戸の運転はソッとアクセルを踏む。
ソッと。
何があったかは訊ねないが、常に最善を尽くす。
今の嵩原には、安らげる空間を。
子もまた、親を想う。
「ほな、俺らも帰ろうか?」
雨に濡れた、裏路地の景色。
それを見る花崎は、思い切り背伸びしながら皆へ声をかける。
花崎達も、何も訊ねようとはしなかった。
言わなくても、大和の顔を見れば、充分伝わる。
かなりヘコんで、かなり反省してる。
今更、言う事は、何もない。
「皆……………………ごめんな」
そうは言っても、謝ざる得ない。
こんなに皆を巻き込んで、大和の気は済まない。
もっと叱ってくれ。
そんな気分。
「わ、大和が頭下げとる………………明日、また嵐ちゃう?」
「あ……………………?」
「クス…………………本当に。若らしゅうないですね」
謝る大和の隣で、オーバーに後退りする花崎と、珍しくそれに賛同する伊勢谷。
伊勢谷?
まさかの伊勢谷までって、秘かに本気で傷付きます。
「お前らな………………っ」
「定例会………………………!」
「……………………はい?」
「お前言うてたやろ?支部が出来て初の定例会するさかい、俺らに幹事せえって」
「え……………………」
定例会。
竜童会でのそれは、会議と言う名の、宴会。
幹部もヒラもお構いなしの、無礼講の場。
高橋の事で頭が一杯だったが、そう言えばそんな話を、この裏で花崎達へしたような…………………。
「その定例会の案を、今日中に連絡して来い言うとったクセに、連絡つかへんのやもんなぁ~。頼むで、若頭ぁ…………………また明日報告するけど、自分で言うたんなら、電話位繋がるようにしてや?」
言いたい事は、それだけ。
とでも言いた気な、花崎と伊勢谷のニンマリ顔。
「花崎、伊勢谷…………………」
大和は二人を見つめ、その優しさに微かに頬を赤くする。
なんや、それ……………………。
甘いんじゃ、お前ら。
緩んだ顔で、そう叫びそう。
「私達が言わなくても、もう嵩原組長から言われてますよね?若頭……………………」
「…………………………山代」
僅かな照れをさらす大和の後ろから、山代も笑顔で歩み寄る。
「二度と、こんな命の縮まる思いは嫌ですけど…………一番応える嵩原組長から言われてるなら、今後は一切ないと信じてます」
信じてます。
一切ないと。
綺麗な笑顔でそれを言ってのける、山代の手厳しさ。
「は……………………はぃ…」
案外、山代も高橋寄り…………………?
言われた大和の手は、何故か身体の横。
「山代さんっ……………………それ、結構キツいッス!大和に応えてますっ」
慌てて花崎が、助け船。
「え?そうですか?………………これは、すみません。気を付けます」
「あ、いや……………………厳しゅうて構わん。助かる、ありがとうな……………………山代」
「はい………………………」
竜童会の元来の空気とは違う、山代の存在。
綺麗な笑顔で、サラッと言う事は言える山代に、大和は新しい風を見る。
こうやって、新しい風を取り入れ、この仲間達と自分の関東支部を作らなくてはいけない。
大和は改めて、自分の軽率さを恥じた。
「若頭……………………私も、紹介したい組員がいたのですが……………………後日にします」
「組員……………………?」
「ええ………………………」
それを伝える山代の後ろでは、弓永が会釈をする。
誰?
大和が首を傾げ、弓永を見ていると、山代がそこを遮った。
「でも、今日は………………………高橋さんと、早く帰られた方が………………………お二人共、お疲れでしょう」
「そうや、大和………………………俺らなんかより、よっぽど疲れたやろ?高橋さんと帰り」
「高……………………高橋………………っ」
皆との話に気が向いていた大和は、ハッとして振り返った。
「……………………若…………………」
微笑む、高橋。
高橋は皆より数歩下がって、仲間に囲まれる大和を見ていた。
とても微笑ましく、ずっと。
若には、ええ仲間がおる………………。
それが、嬉しかった。
皆が大和を掬ってくれる姿に、高橋は嬉しくて邪魔をしたくないと思った。
「な…………………何しとんねん、高橋」
「申し訳ありません…………………つい………」
でも、そんな距離が大和には寂しく感じた。
高橋は、自分の隣。
やっぱり、そうなんだ。
「なにが、ついや…………………………ほ、ほら帰るで」
「若……………………………」
「勿論、送ってくれるやろ…………………?」
送ってくれるやろ。
少し、心配そうな、『やろ』。
勿論。
自分が送らなくて、誰が送る。
「…………………………はい、勿論です」
満面の笑みを溢し、右腕は主の隣へと歩んでく。
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