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誰がために 8にしおりをはさみました!
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誰がために 8
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「なつ、き…?」
その呼び方。
そしてこいつの名前、なんて言ったか。
佐倉冬樹、と言わなかったか。
薄々感じていた嫌な予感をわざと感じていないふりをしていたのに。
「あぁ、知らない?佐倉夏樹。けっこう有名な方だと思ってたけど」
ちなみに、と。
「俺の兄貴なんだよ」
そのせいで俺まで巻き込まれる時もあるけどね、なんて。
「そっか、大変だな」
そういった俺の声は震えていなかっただろうか。
巻き込まれる、と言ってもきっと俺と冬樹さんじゃその意味が全く違うのだろう。
そうか、と心の中で思った。
夏樹先輩、薫と付き合えたんだ。
薫も………。
祝いたいと、祝わなければと思うのに沈む心を隠せなかった。
「かっこいいもんな、夏樹先輩」
そう笑った顔は引きつっていないだろうか。
その気持ちは吹っ切ったはずだと言い聞かせた。
両思いで通じ合えるなんていいじゃないか。
あぁ。
なんて、なんて、
ー羨ましい。
そう思ってしまう俺はなんて、浅ましい。
「…………もう帰れ冬樹」
「え、なになんで?」
「いいから」
そう言って強引に空き教室から冬樹さんを追い出した神凪を呆然と見た。
「え、神凪?」
席に戻りドカッと椅子に座った神凪に思わず問いかけた。
「おわっ」
けれどそれには応えることなく、乱暴な手つきで俺の目を覆った神凪は言った。
突然のことに思わず頭が仰け反る。
「振られたのはアイツにか」
「………っ、なに、」
的確に言い当ててきたアイツ、というのは夏樹先輩のことを指しているのだろう。
冬樹さんを追い出したのは気づいたからか。
気づいて、気を遣ってくれたから、か。
目を覆う手の親指が目尻でかすかに力がこもった。
多分それは、微かに滲んだ涙を取ってくれたのだと、思う。
「夏樹さんだろ」
あぁそうか、冬樹さんと友達ということはその兄である夏樹さんとも知り合いだよな。
「あのな、神凪。俺もう気にしてないから」
「嘘つけ」
「うぐ」
神凪の手に力がこもりまた半分頭がのけぞった。
はぁ、とため息が聞こえた。
「めんどくせぇ」
「だから、」
「泣くなめんどくさい」
「泣いて、ない…っ」
少しだけ声を張り上げれば目を覆っていた手が頭に置かれた。
ぽんっと置かれたその手が暖かくて、優しくて。
手が離れたことで見えるようになった神凪の目も、優しくて。
思い込みかもしれないけれど。
くしゃくしゃと撫でられた髪が乱れるのがわかった。
「悪かった」
「うん?」
「冬樹。悪い奴じゃないんだ」
「いや、そもそも冬樹さんは俺のこと知らないから。ぎゃくに朗報として言ってきたんだよあれは」
冬樹さんが謝る必要も、ましてや神凪が謝る必要もない。
そっかぁ、と声に出した時はもうだいぶ心が軽かった。
「もう俺は、必要ないんだな」
好きな人がそばにいて、好きな人が守ってくれる。
なら、薫を守るという役割を失った俺は薫にとってもう必要のない存在。
いつの間にか神凪の手は離れ、その手に顎を乗せ頬杖をついている。
「お前が」
どこを見ているわけでもなく。
俺を見ているわけでもなく、神凪は口を開く。
「お前がいなくなったら、弁当食えない」
思わずふっと笑いが出てしまった。
神凪の口から出たそれは本心か、気を遣ってくれたのか。
「よし、明日はピーマン入れるか」
「それはやめてくれ」
弁当を作り始めて知ったこと。
神凪は、たくさん食べる。
神凪は、肉料理が好き。
基本好き嫌いはないけれど、ピーマンだけはどうも苦手らしい。
あと、1つ。
神凪の隣は、暖かい。
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