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七夕 最終話にしおりをはさみました!
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七夕 最終話
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「かゆい…かゆい…」
「頑張れ!」
「かゆいよー…」
「頑張れ頑張れ!」
痒みが治まるまで秋月はほぼ痒いしか言わない。
昨日もそうだった。
だからドラックストアに走ったのに。
ふんわりと漂う蚊取り線香の匂い。
緒方はこの匂いが結構好き。
夏という感じがする。
蚊取り線香効かねぇのかなぁ…
見えない網戸もあるのに…
でも今日俺は刺されてねぇし…
俺が刺されてねぇって事は効果あるんだよな…
秋月はいつ刺されたんだ…?
先程秋月を草むらに置き去りにした隙だ。
でも緒方は気づかない。
秋月可愛いからな…
この可愛さに惹き付けられて蚊取り線香の包囲網を突破してくるんだな…
秋月は血とかも甘そうだし…
緒方の秋月愛は過ぎる。
でも胸はダメだろ…
腕とかムシしてなんでわざわざ制服の中に入り込むわけ…?
……あっ!虫だからムシしたのか!
これを本気で思っているのだからすごい。
おかげで怒られちゃったし…
でも触れたからラッキー…
ひんやりグッズと一緒にかゆみ止めパッチも買ってこよう…
緒方の家は裕福だが、貰っている小遣いはごく一般的な家庭と同じようなもの。
その用途は飲み物だったり。
購買でパンを購入したり。
秋月にペットボトルをプレゼントしたりたまご蒸しパンをプレゼントしたり。
秋月と出掛けでもしない限り大きな金額を使う事はない。
残った小遣いはちゃんと貯めている。
足りない時はそこから使う。
緒方はそのあたりは結構しっかりとしている。
今まで貯めてきた小遣いで、秋月と快適に過ごす為のものを購入する。
緒方にとってとても有意義な使い方だ。
「かゆい…」
「あっ!冷やしてみる?まだペットボトル冷たいし!」
痒みは冷やすと良くなると聞いた気がする。
「冷やしてみます」
秋月は一刻も早くこの痒みから逃れたい。
素早い動作で一気に制服のボタンを外す。
「わーっ!!ちょっと待って!!」
「……え、どうしてですか」
「見えるから!」
「……俺男ですよ。構いません」
「俺が構うから!」
緒方のフラストレーションは膨れ上がり、それが痒い騒ぎで収まりはしたものの、完全に解消された訳ではない。
秋月の無駄にエロい発言にもちゃんと煽られている。
このまま秋月が制服をはだけさせれば緒方の触れたい場所が見えてしまう。
毎日部室で一緒に着替えているのに。
毎日秋月の上半身を見ているのに。
やはり二人きりになると煩悩に負けそうになってしまう。
「俺後ろ向いてるから!」
緒方は秋月にくるりと背を向けた。
「はぁ…」
ここが秋月の不思議なところだ。
秋月だって二人きりの時に緒方の肌を見ると特別な感情が生まれる。
触れたいと思ってしまう。
あの直接肌と肌が触れる感触が大好きだ。
温かくて気持ちがいい。
服を着ている時と全然違う。
一度そうして肌に触れてからは、部室で緒方の肌を見て鼓動を速くする事もある。
ベッドの上では見られる事を恥ずかしくも思う。
なのに緒方が背を向けた事を不思議に思う。
なぜなのかは誰にも分からない。
秋月はペットボトルを蚊に食われた部分に当ててみた。
「……冷たい…」
「どぉ?少しは楽になりそう?」
「もっとキンキンに冷たい方が良さそうですけど悪くないです。あっ…!」
「なに?!どうした?!」
「水滴が腹を流れてくすぐったい…」
想像させんなよ!
と、緒方は心の中で頭を抱えた。
思い出してしまうではないか。
部活で汗だくになった秋月をではない。
ベッドの上で汗を滲ませる秋月をだ。
二人でいるとどうしてもそちらの方へと思考が動いてしまう。
いつだって触れたい。
いつだって抱き締めていたい。
でもなかなか上手くはいかない。
甘い雰囲気を保つのにも一苦労だ。
だがしかしこの秋月の天然で不思議な部分に助けられてもいる。
秋月が雰囲気をクラッシュしなければ、大人の世界へとすぐさま突入していってしまう。
そういう事ばかりがしたい訳ではなくても、どうしてもそちらへと思考が働いてしまう。
想いを伝え合う行為だとしても、やはり緒方にとって秋月は純粋で無垢な存在。
愛おしくてたまらない。
大切にしたい。
「……あ、ひぐらしが鳴いてますね」
「ん?あ!ホントだ!」
どこからかひぐらしの鳴き声がする。
ひぐらしは夏の終わりに盛んに鳴くとされているが、早い時期から鳴き出すものもいる。
「なんか…ひぐらしの鳴き声って寂しくなりませんか…」
「うん…分かる…なんでひぐらしって寂しいんだろう…」
「昼間に鳴かないからですからね…別に特別な思い出とかがなくても寂しくなります…」
二人はまだ高校生で人生経験も浅く、夏に特別辛い思いをした訳でもない。
それでもあの独特の鳴き声は切なさを誘う。
秋月は記憶を辿った。
幼い頃にこの鳴き声の中を母に手を引かれて歩いた記憶がある。
確か目に映ったのは夕日に染まった空。
何の為に歩いていたのか。
家へと帰る途中だったのか。
それとも買い物にでも出掛けたのか。
そのあたりはよく覚えていない。
でも確かにそんな記憶がある。
寂しい記憶ではないはずなのに、それでもノスタルジックな気分にさせる。
アブラゼミやミンミンゼミの鳴き声はうだる暑さを思い出させるのに。
秋月が黙り込んだ事で背を向けていた緒方はつい秋月に向き直った。
目が合うと秋月はほんの少し口元をほころばせた。
秋月は作り笑いが出来ない。
だから作り笑いではないと分かっているのに、どこか儚いその笑顔に思わず抱き寄せていた。
「……緒方さん…?」
緒方は時折秋月が消えてなくならないか不安になる。
愚かしいまでに恋焦がれ続けた秋月が腕の中にいる事自体が未だ夢のようだし、美しすぎるその存在は泡のように弾けて消えてしまいそうな程儚くも思える。
頬に触れ秋月を確かめる。
ちゃんとここにいる。
緒方はほっと息をついた。
「どうしたんですか…」
「なんでもない…」
強く抱き締めてもう一度秋月を確認する。
すると今度は秋月がほっと息をついた。
緒方の胸いっぱいに愛おしさが溢れ出してくる。
「かゆいの治った…?」
「だいぶよくなりました…ありがとうございます…」
「ん…よかった…」
秋月を腕に目を閉じる。
どうすればこの愛おしさを伝える事が出来るのだろう。
どんなに抱き締めても言葉にしても伝えきれない。
胸が苦しくなる。
目を開け秋月の顔を覗き込む。
「……なんですか…」
「ううん…なんでもない…」
緒方が優しく微笑むも、秋月はきょとんとして小首を傾げた。
「そういえば緒方さん」
「ん?」
「短冊、同じ事書いててつい笑っちゃいました」
「ああ!俺も!」
二人は揃って”いつまでも跳び続けたい”と短冊に書いた。
いつまでも同じ空を見続けたい。
二人は同じ空を見たいとその為に跳び続けてきた。
これからも一度でも多く、少しでも多くその空が見たい。
互いの短冊を見つけた時は本当に嬉しかった。
だがしかし今緒方が気になっているのは、完全にはだけた秋月の制服。
日に焼けていない白い肌には吸引力でもあるのだろうか。
ほんのりと甘い雰囲気も相まって、気を抜いたら手を伸ばしてしまいそう。
「あの…充くん…?」
「はい?」
「ほら…また蚊に食われたら大変だから…ちゃんと着た方がいいと思うな…」
「ああ、そうですね」
秋月はためらいも色気もなく着々とボタンを止めていく。
「触らせてくれてもいいんだぞ…?」
とは口に出来ない。
緒方はひとつため息をつき、雑念を振り払う為に空を仰いだ。
「あっ!秋月見て!月出てる!」
完全に日の沈んだ空に鈍色の月が浮かんでいる。
「天の川は見れねぇのかなぁ」
天の川の下、ロマンチックな雰囲気に流されてはくれないかと緒方は期待していた。
天然丸出しの秋月も可愛いけれど、やはり自分にしか見る事の出来ない表情が見たい。
あわよくばエロいと口にして、羞恥に頬を染める秋月が見たい。
何度も雑念を振り払いつつも、緒方はまだエロいと口にする事を完全には諦めていなかった。
「天の川は七月七日には見れない事が多いんですよ」
「えっ?!そうなの?!」
「七夕は旧暦で八月なのは知ってますか」
「うぅん…」
「旧暦の七夕では毎年必ず上弦の月となる事から、月が地平線に沈む時間が早く、月明かりの影響を受けにくいんです。つまり空が暗くなり星が見えやすく、梅雨のこの時期よりも晴れる確率も高い。旧暦の七夕の方が天の川が見られる確率はかなり高いんですよ」
「ふーん…そうなんだ…じゃあまた八月に一緒に見よう!」
そこでエロいって言おう!
と、気持ちを切り替え再び決心を固める。
山梨が心配していたように、秋月がエロいという言葉に首を傾げ、雰囲気をクラッシュしてくる可能性は緒方も感じている。
秋月にエロいなんて言葉を向けるのは一世一代の大イベント。
万全な体制で臨まなくてはならない。
そんな陰謀を知らない秋月は、天の川を一緒に見ようと言ってくれた事が嬉しくて頬を緩めた。
「今日は月が見えるからいっか!キレーだな!」
「そうですね」
緒方はすぐに月を見つける。
秋月の名前に月が付いているものだから見つけると嬉しくなる。
それから月を見つけては必ず綺麗だと言う。
満月だろうが半月だろうが、絶対に綺麗だと言う。
緒方は知っているのだ。
かの有名な文豪が、I love youという英語を”月が綺麗ですね”と日本語訳した事を。
緒方は秋月を愛している。
こんなにも愛おしい気持ちが愛でなければ一体何なのか。
ただただ純粋にそばにいてほしいと願う。
一度秋月に愛していると言った事があった。
でも恥ずかしかった。
似合わないと思った。
確かに愛しているけれど、言葉にするとどこか嘘っぽい。
そんな大げさな言葉ではなくて、好きという言葉の方がしっくりとくる。
でも愛している。
直接は言えない。
だから月が綺麗だと、何度も何気なく愛を囁いている。
秋月はまさか緒方がそんなロマンチックな事をしているなどと知る由はない。
ただ一緒に月を見上げる。
同じ時に同じ場所で見る月はいつだって美しい。
いつか二人が大人になり、ちゃんと自立して自分の力だけで秋月を守っていける時が来たのなら、その時にはちゃんと愛してると言おう。
緒方はそう決めている。
その前に言いたくなってしまう時が来るかもしれないけれど。
そんな日が来るまで、緒方は月を見つける度に、遠回しに秋月に愛を囁き続ける。
おしまい
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