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罅(ひび)4にしおりをはさみました!
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罅(ひび)4
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目を瞑っても、目を開けていても正常な思考を妨げる光景が脳にこびりついて離れない。
「……………………っ、は______、ふ。」
考えようとしても考えようとしても、思い浮かぶのは最悪の想定で、あの時とは違うと思っても、言い聞かせてもどうしても________。
倒れているその人から流れていく赤いソレを見るだけで、目の前の景色がぐらりと歪む気がした。段々と呼吸が短く、荒くなっていくのを感じながら前髪をぐしゃりと掴んで目蓋を閉じる。
また、駄目かもしれない。
これから何度も、同じ光景を見て、見続けて、見てるだけで
終わっていくのだろうか。
_______________キィンっ。
「………………っ、。」
脈絡もなく唐突に、脳内に響くような耳鳴りがして身体を丸めると駆け抜けていくピリリとした痛みに閉じていた目蓋を開く。身体に力を入れたせいなのか痛みが走った足首へと視線を向ける。
今の状況から逃れるたった一つの方法は、きっと、これだけだ。
近くに落ちていたシャベルを手に取ると、そのシャベルの取手の部分を捻った足首を目掛けて腕を振り抜く。すると、さっきの痛みなんか非にならないほどの鋭い痛みが足首を通して駆け抜ける。
「________っ、…………!!」
身体を折るようにして石畳の道に額を擦りつけながらガチリと歯の重なり合う音が聞こえるほど歯を食いしばる。ジクジクと痛みを増していく足首に当てがっていた手を離してから、ようやく目の前の人に焦点を充て着ていたパーカーを脱いで、出血の酷い腕を縛ってなんとか止血する。
「もう、…………っはぁ。少し…………だ、け。待って。」
誰にいうでもなく自分に言い聞かせるようにそう言いながら、倒れてる人のポケットを探って端末の電源をonにして緊急連絡のボタンを押す。すぐに無機質な音が流れ出してワンコールが鳴りおわらない頃に、電話の主は焦ったように電話に出た。
『どうした………っ!』
電話の主に、返答をする前にその端末を誰かに取り上げられて後ろを振り返ると、いい思い出があるとはいえない人物が立っていた。
一言も話さずにいる無言のその人物は、確か________________。
「綾人」
確か、あの会長の親衛隊隊長が言っていたなとその名前を呟くと、ピクリと反応したその人物は目線を合わせるようにしゃがんでから俺を睨むようにして見た後、俺の襟首を掴むと無理やり歩かせる。
入ってきた扉ではなく、裏口の扉から出るとすぐに掴んでいた襟首を離される。そして、そのまま背を向けて去ろうとするその人物の腕を掴むと、さっきよりも鋭い目つきで俺を見ながらも振り返る。
「…………っ、まっ、____。」
その先の言葉は勢いよく口を塞がれて遮られた。その苛立ちのようなものが口を塞ぐ指先から伝わってくる。気道を確保出来ないその状況から逃れようと、未だに口を塞ぐその手から逃れようとしたら、反対の手で胸ぐらを掴み、建物の外壁へと押し付けられる。
眉を寄せて、苦虫を噛み潰したような表情をしている目の前の人物は、暫くしてから手を離した。ずるりと壁を伝うようにして地面に座り込んで、手をいきなり離されたことで肺に送り込まれてきた空気に咳き込んで、肩で息をしていたら目の前に端末を翳される。
『位置情報』
と、それだけを打ち込まれた画面をものの数秒の間、見せてくる。ピコンという通知音のすぐ後に、その端末は制服の内ポケットに仕舞い込まれて今度こそ、そのまま背を向けて去って行った。
一文にもならない一単語。でも、端末に書かれていたその内容で誰かがここに向かっていることだけは理解できた。
建物の外壁に寄りかかり、雨に交じる奇妙な音に耳を傾けながら、短い呼吸を繰り返した。
※
【場面がかわり、寮の食堂にて】
雪side
「騒がしい場所は、お嫌いじゃなかったですか。」
目の前の扉と久しぶりに見るその横顔を見比べながら尋ねる。
「他人(ひと)は変わるって言うだろ。」
「確かに、先輩は老けましたしね。」
「いってろ。まぁ、お前が何を言おうと関係ないけどな。お前の聞きたいことも全部、この中で聞いてやるよ。」
授業前の朝食の時間。
わざわざこんな人が多い時間にここにくる意味が分からない。それでも、ここまで来て、この人の考えを変えるのは無理だろうとその扉を開く。
いつも通りの食堂ならば、生徒同士の会話や食事の音でそれなりに騒がしい。それが食堂での日常だった。僕が扉を開ける前まではあったはずのその騒めきが水を打ったように消え失せ、静まり返った食堂の雰囲気は非日常そのものだった。たった一つの、いや、たった一人のイレギュラーであるはずなのに。
でも、仕方ないのかもしれない。
「こんな静かな食堂ってのは、初めてだな。おい、雪。そんな所に突っ立ってないで案内しろ。俺はここは久々なんだよ。」
_______鶯谷さんだ。
_______戻ってきたの?
_______俺、辞めたって聞いたけど。何で?
だって、この人は。
この学園を最悪なものにした学則の一つを取り払った一人だから。
「でも、一番は。」
でも、一番の理由は
この人が〝はるさん〟の天宮晴の同級生であり、それどころか、幼馴染だからだろう。
だから、どうしても思ってしまう。
何故、今になってこの学園に戻ってきたのか。
春くんが現れたこのタイミングで帰ってきた理由とは何か関係があるのか。
「お前が一番知りたいこと教えてやるよ。」
「唐突に何ですか。」
「俺がここに帰ってきた理由は。」
この食堂にいる全員の視線が纏わりつくのを気にした素振りも見せずにいる、鶯谷先輩は近くのテーブルに腰掛けながら言った。
「アイツの可愛い子ちゃんの居場所がしりたいからだ。お前、知ってるだろ。」
「曖昧な言い方されても分かりませんよ。」
「ぁ?そんなにはっきり言って欲しいなら言ってやるよ。…………天宮晴の、」
聞き耳を立てている生徒にその言葉の続きが聞かれないように、ウエイトレスから受け取ったメニュー表を目の前の先輩に押し付けることで無理やり会話を中断させる。
「先輩。僕は立ちながら会話をする気はないので座ってください。このまま続けるなら僕は、このままUターンして帰りますけど。」
「そんなに怖い顔すんなよ。ただ、俺はアイツの犬に会いにきただけだ。」
そう言うと、すぐに、腰掛けていたテーブルの椅子に腰掛けると、僕へと一瞬目配せをしてきて、早く座れと促す。その目配せに従うように、先輩の目の前の椅子に座る。メニュー表を渡してこようとするウエイトレスの申し出を断って、僕が渡したメニュー表を頬杖をつきながら眺めている先輩を見ていたら、僕の視線に気づいてか視線をあげた。
「雪。ここは俺が奢ってやるから適当に頼め。」
「じゃあ、一番高いやつで。」
「遠慮ねぇな。」
「じゃあ、A定食で。先輩、話すのはいいですけど、こんなに注目されてちゃ話せるものも話せないで終わりそうですね。」
「まぁ、確かにな。…………そろそろ、うざいか。」
メニュー表をテーブルに垂直に立てドンと音を鳴らし、鋭い目つきで周囲を見渡すとべっとりと絡みつくような視線は徐々にそれでも歪に剥がれ始め、それに伴うように食堂の静けさも薄れ始めていく。
「じゃあ、本題にでも入るか。雪。俺に聞きたいことは?」
ウエイトレスにメニュー表を返して、注文と支払いを済ませた先輩は、僕を見据えながら尋ねる。
「本当に帰ってきた理由は、何ですか。」
「天宮から出た噂。」
「それだけですか。」
「それで、十分だろ。」
首の後ろに手を回しながら、面倒そうに先輩は答える。そして、頬杖をつくと今度は僕に聞いてきた。
「お前、知ってるだろ?アイツの弟の居場所。」
「分かりません。何で、天宮の噂だけで、あの子がこの学園にいるなんて思ったんですか。」
「天宮から出た噂に加えて、この学園では、白鬼って言われてんだっけか………どうみたって白鬼はあの可愛い子ちゃんに似てる。それだけで充分こと足りる。後は…………………勘だな。」
「そうですね。似てる。だから、僕も探しました。でも、いなかった。」
勘だとかそういうのに頼るのはあまり好きではない。だけど、何でか、この人に伝えていいのかそれとも伝えない方がいいのか分からない。いや、分からないどころか伝えてはいけないようなそんな気がしてしまう。何故なのかはっきりとした答えはないけれど。
「でも、唯賀ほど必死には探さなかったみたいだけどな。」
「会長の探し方は、確かに、異様だった。だけど、何でここで会長が出てくるんですか。」
「ぁ………?お前、もしかして。」
先輩は、訝しむような表情をした後に、顔を伏せると耐えきれないように笑った。そして、一通り笑い終わった先輩が可笑しそうに言った。
「お前、本当。興味ないことは1ミリたりとも覚えてねぇみたいだな。雪。」
「何のことですか。」
「唯賀が白鬼をあんな風に探した理由を、負かされたからだと思ってるんなら、ソイツは検討外れだろうよ。」
「じゃあ、本当の理由は何なんですか?」
「さぁ?お前と同じ理由か。他に強いていうなら……………………庇護欲(ひごよく)とか?」
庇護欲(ひごよく)?
この人は、何を言ってるんだろう。
アレが、庇護欲(ひごよく)なんて括りの感情なわけがない。どう考えてもそれとは真反対の感情だ。
「鶯谷先輩。あの会長が白鬼と間違って捕まえた子が何をされたか知ってて言ってるんですか。」
「………いや。」
「髪を掴んだり、怪我をするまで痛めつけることが庇護欲(ひごよく)なんてものなら、可笑しすぎて………本当に笑えない。」
「アイツが?…………一体、何で。」
「因みに、その間違われた子は僕の弟みたいなものなので、先輩も近づかないでください。」
「………用事を思い出した。頼んだ料理、お前が、食べろよ。」
鶯谷先輩が有無を言わせることもなく席を立ったその時、食堂の入り口が開かれて入ってきた人物に目を細める。この前、一年の教室で騒ぎを起こしたと二年でも話題にあがっていた、朱門すずめだったから。
「鶯谷先輩。もう、料理も来ると思うので、食べていけばどうですか。」
そんな問題児であるのに加えて、今日の朱門すずめは機嫌があまり良さげではなかった。
「いや、遠慮しておく。じゃあな。」
何事もなく通り過ぎる事を祈っていたが、朱門は鶯谷先輩に絡む前に別の生徒に八つ当たりかのように横を通り過ぎただけの生徒に絡む。
「何なんだよっ……………!お前っ!!」
朝からこの大声は頭に響くと、思っていたら朱門は思いっきりその生徒を突き飛ばし、鶯谷先輩の前にその生徒が転がる。
「朝からうるせえ、な。朱門弟。」
「俺は__________っ!うるさくないっっ!!勝手な事、言うな!!それに、お前。誰だよ。俺の兄ちゃんのこと知ってる、の………か、。ウグイス………。」
朱門すずめは、意外にも鶯谷先輩のことをしっているのか大きな丸い目をさらに大きくして、じっと鶯谷先輩を見ていた。
鶯谷先輩は、目の前に転がっていた生徒を起こしてから、周りの生徒に適当に何かを言い、絆創膏を貰うと、朱門に突き飛ばされた生徒にその絆創膏を手渡した。
「転がってる食器は、お前が、片付けろよ。朱門弟。」
「何で………俺がっ!!!勝手に転んだのはそっちだろ。」
「お前が、突き飛ばしたんだろ。高校生にもなって、んなこともわからねぇのか。小学生じゃねーんだよ。」
そのまま立ち去ろうとした鶯谷先輩の服を朱門は掴んで引き止めると、食堂中に響き渡るような声で言った。
「救世主(ヒーロー)は変わったんだよ!春田は違った!!天宮も!!!なのに、何でそんなに偉そうなんだよ!!!天宮晴は、本物の救世主(ヒーロー)じゃなかった。だから、事故なんかで死んだんだよっ!!なのに、」
「…………ぁ?」
鶯谷先輩は背筋も凍るような眼差しを朱門すずめへと向ける。
「その手、離せ。」
「………っ、」
「離せって言ってんのが、聞こえねぇのか。」
地を這うようなその言葉にびくりと身体を震わせた朱門は鶯谷先輩の服を掴んでいたその手を離す。
そして、食堂に入ってきた時と同じように、鶯谷先輩は静寂と緊張感だけを残して去っていった。
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