アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
酒に酔っても食われるな6にしおりをはさみました!
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
- しおりがはさまれています
-
酒に酔っても食われるな6
-
「ダメだって言ってんでしょっ!!」
それまで抑えていた身体の力を出しきるかのように、とうとう強い拒否の言葉が口から出てしまった。明典の低く大きな声に、山本は身体をびくつかせ、漸くその動きを止める。先程まで余裕の色を持っていた目が怯み、明典を見上げた。
だんだんと怒気を孕みだしている明典の表情に気付くと、彼女は悔しそうに下唇を噛みしめる。ズボンへ掛けている手に一度だけ力を込めたが、暫くすると、観念したかのようにその手だけをゆっくりと下へおろした。
山本の発情がおさまったのが目に見えて分かると、明典の脚は一気に力が抜ける。凭れかかった戸へ背中を擦りながら、ゆっくりとその場に座り込むと、右手で顔を押さえた。大きな安堵の息が漏れる。
落ち着くと、彼女の勢いに身の危険を感じた心臓が、狂ったかのように激しく暴れかえっていたのに気が付いた。ドッドッドッドッと速いスピードの鼓動は耳にまで届いている。女性に恐怖を感じたことはこれまで何度かあるが、こんな危機感を覚えたのは初めてだった。何度か呼吸を繰り返していくうちに、段々と心臓が静かになっていくのを感じると、明典は顔を隠していた手をどける。黙りこんでいる山本は、自分と同じように床へへたりこんでいた。
彼女は俯き、こちらからでは表情を読むことができない。やっと安心できたというのに、今度は気まずい沈黙が流れていることに気が付いてしまう。勘弁してくれよ。先程の安堵とは違う、苛立ちの入った溜め息が出てきた。襲われたのはこっちだというのに、どうしてこんな申し訳ない気持ちにならなければいけないのか。
そんなタイミングを見計らうかのように、床へ落ちた明典のスマートフォンが鳴りはじめた。川嶋からだ。
「……はい」出来るだけいつも通りの声で出る。
『宮家ー、大丈夫かー?』
「…………なんとか」
川嶋の呑気な声は、明典の無事を確認すると、『そっかそっか』と頷いた。
『雨も止んだことだし、そろそろ帰ってきな。満子も連れて』
「……分かりました」
そんな短いやり取りだけで、川嶋の電話は終わる。明典は一度がりがりと頭をかきむしると、仕方がないと重たい身体を脚で持ち上げた。本当は置いていきたい所だが、部長命令だ、山本を置いては行けない。
山本に貸していたパーカーを床から広い上げると、明典はそれを来ながら未だに座り込んでいる山本の肩へと彼女のブラウスを掛けた。
「……着てください。川嶋さん達、別荘に着いたみたいなんで、俺達も帰りましょう」
その言葉に山本は頷くと、明典から下着を受け取り身に付けていく。
全く気が付かなかったが、雨は既に止み、あのどす黒い雨雲は嘘のように消え失せていた。代わりに雲ひとつない夕焼け空が広がっている。来た時よりも木や土や岩の湿った匂いがきつくなっている山道を、山本の足取りに合わせてゆっくりと下っていった。
別荘へ帰っている道中も、彼女は相も変わらず俯きがちに明典の一歩後ろを歩く。話し出す気配はない。明典も明典で、あんなことがあった後で何かを話す気にもならず、疲れきった身体をなんとか動かす。
あと数メートル行けば別荘につくという所で、後ろからパーカーを引っ張られたため、明典は無言でそれを引っ張った山本を振り返った。彼女の旋毛が見える。すぐに話し出すことはなかったが、暫く何も声を掛けずに待っていると、「私ってそんなに、女として魅力ないかしら?」と、小さな声が聞こえてきた。
謝るでもなく、そんなことを聞いてきた山本に呆れないわけではなかったが、自分もおそらく彼女の女としてのプライドを傷付けてしまったのだろうと思い直すと、出来るだけ声が低くならないように質問に答える。
「……そんなんじゃないですけど」
「けど?」
「俺には、分からないだけです」
「………………」
「すみません。俺、あなたじゃ勃たないんです」
正確に言えば、女性全般に対してなのだが。しかしそれを付け加える前に、山本は「そっか」と短く言うと、パーカーを掴んだ手を離した。
「……拒まれたのって、あなたで二人目よ」
その言葉に何故か、明典の頭の中には川嶋の姿が浮かんだ。
別荘へ到着すると、既にバーベキューが始まっていた。3つ用意されているバーベキューコンロには既に肉や野菜が焼けており、次々と子ども達やその母親達が座るテーブルへと持って行かれる。その合間を縫うように、他の大人達も自分の分を確保し、肉を頬張っていた。まだ酒もそれほど回っていないのか、宴のような賑わいは見せていない。こっそりと合流するにはあまりにも静かだっため、山本に熱を上げている同僚から簡単に見付けられた。「お前何山本さんと二人っきりになってんだよ!」と飛ばしてくるヤジを睨み付ける。
手袋とトングを持ってコンロの周りに立つ男達の中で、ずば抜けて小さい川嶋はすぐに見つかった。彼女はトングを持っていない手でビール缶を持ち、肉や野菜よりも先に酒を飲んでいる。子どもが肉を取りにくると、焼けている肉を4、5枚ほどその皿へ乗っけるだけではなく、野菜も乗せた。肉だけを取りにきたつもりでいた子どもは、野菜を乗せられたことに文句を言っていたが、彼女は笑いながら適当にあしらっている。そんな川嶋へ、明典はこっそり近寄った。
「…………帰りました」
「あー、お疲れ」。何があったのか分かっているだろう彼女は、いつも通り接してくる。「満子は?」
「一緒に帰ってきました。雨に濡れたんで、着替えに行ってます」
「あんたは着替えなくて平気?」
「大丈夫です。ただちょっと、風当たってきてもいいですか?」
「いいよ、こっちは回ってるし。肉持ってきな。あと酒もね」
川嶋は一旦ビールを置くと、皿を手に持ち適当に肉を入れていく。正直食欲は全く沸いてこないのだが、明典は礼を言いながら差し出された皿を受け取ると、クーラーボックスに入っている缶ビールと割り箸を持って浜辺へと向かった。ちょうど別荘からは死角になっている岩場の陰へ行くと、腰を落ち着かせる。やはり肉は食べる気にならず、先に缶ビールを開けて飲んだ。
別荘の声や音は、陰となる岩肌によって遮断される。陽が落ちてきたことにより黒くなった海は、大雨が降ったというのに穏やかだった。波が行ったり来たりする心地良い音に耳をすませながら、少し肌寒い風を感じる。ぼんやりと海を眺めていると、徐々に頭の中が静かになっていく感覚を覚えた。一人きりだと実感し、それを噛みしめる。
ふと、社の中で床に落ちたスマートフォンがメッセージを受信していたことを思い出す。誰からだっただろう。あの時はよく見えなかったが、メッセージを受信しているのが分かった途端、頭に血が登ったのだ。開くと、アキからだったことが分かる。
『お前今どこにいんの?』
返事もしてないのに再び送られてきたメッセージを読むと、明典は『海です』とだけ返した。そういえば、彼に送り付けてやろうと他の写真も撮ったことを思い出すと、添付するため写真のフォルダを開く。そこで目に止まったのは海の写真ではなく、山本の写真だった。ゾワッとした悪寒に明典は苦虫を歯で磨り潰した顔をして、その写真を削除する。アキに、海の写真を送り付ける気も失せてしまった。
あんな女性でも、急に女の顔をする時があるのだ。いや、そのことについては随分前から気が付いていたような気がする。日頃から、やけに距離感の近い人だと苦手に思っていたのだ。そうだというのに、この別荘に着てからの彼女の雰囲気が普段と違うというだけで、すっかり忘れさってしまっていた。
彼女の写真を撮ったり、彼女と行動したり、彼女の手を取ったり、パーカーを貸したり、二人っきりになってしまったり。そんな自分の他意のない行動が、彼女を勘違いさせ、あんな行動へ移させたのかもしれない。前々から、自分のことを良いと思っていたらしいのだから、その可能性は大いにあり得る気がしてくる。
自分が、悪いのだろうか。山本の好意に全く気付かなかった自分が。彼女をその気にさせてしまった自分が。よくよく考えてみれば、あんなことになるまでに、防げるタイミングはいくらでもあった。まず、彼女が歩こうと誘ってきた時、それを断れば良かった。雨が降ってきた時、ずぶ濡れになってでもいいから別荘へ引き返せば良かった。彼女が社の中へ入っても、自分はパーカーを返してもらってでも外で待っていれば良かった。『気を付けろよ』と送られてきた川嶋からのメッセージに従って、すぐに外へ出たら良かった。そもそも、あんな形ではなくしっかりと自分は出来ないことを言えば良かったのだ。自分はゲイだとカミングアウトをしてでも。
一向に尽きないたらればに、段々と罪悪感を覚えてくる。襲われたのは自分の方だが、自分が全て悪かったという気さえしてきた。それを振り払うかのように、明典はビールを煽るが、味など全くしない。そんなはずはない。10対0なことはない。9対1、いや、8対2。しかし、どう考えても相手の数字の方が大きくなることはなかった。
スマートフォンが鳴り、再びアキからメッセージが返ってきたのが分かる。『どこのだよ?』と聞いてくるかと思いきや、『俺も海行きてぇ』と返ってきていた。続けて送られてきた『っつーか、都会から去りたい』というメッセージに悲壮感を感じ、明典は飲んでいたビールを吹き出しそうになる。これはそうとう、ストレスに押し潰されそうになっているに違いない。『お疲れ様です』と労いの言葉を送り、やはり送り付けてやろうと海の写真を2枚添付した。
彼もあの日から、こんなたらればを考えていたのだろうか。今も考える時があるかもしれない。そんなことを考えていた時、明典は後ろから名前を呼ばれ、身体をびくつかせた。
「ご、ごめんっ!驚かせて」
立っていたのは佐々木だった。彼は明典の驚き様に目を丸くしながら慌てて謝罪する。あまりにもあの時と同じ状況に、明典の心臓は縮み上がったが、声を掛けてきたのが佐々木だと分かると力が抜けた。よく考えれば、山本のはずがないのだ。彼女が話しかけてくるわけがない。しかし、明典の警戒心は必要以上に過敏となっている。
「……どうしたんですか?何かありました?」
痛い胸を押さえながら、明典はいつも通りの声にするのを意識しながら尋ねた。佐々木はその頭を横に振る。
「そういうわけじゃないんだけど、宮家くんが一人でこっちへ行ってたの見てたから」
「あぁ。ちょっと風に当たってたんですよ。昼間はしゃぎ過ぎたんで」
「そっか。なんか元気ないように見えたから、ちょっと心配で。大丈夫なら良いんだ。邪魔してごめんね」
そう謝ってくる佐々木の手には、何も持たれていなかった。ただ単に、自分のことを気にして様子を見に来てくれたのだと分かると、嬉しさとは少し違う感情で胸が熱くなっていく。
気付いた頃には、再び別荘へ帰ろうとする佐々木を明典は呼び止めていた。一人になりたくてここへ来たというのに、彼が現れることによってまた一人になるのが心細くなったからだ。今は誰かと一緒に居たい。アキが一晩泊まっていくよう頼んできたのも、今なら痛いほど分かる。
佐々木は明典の頼み通り、岩場へ登ると隣に座った。海を見つめながら、「良い所だねぇ」と、誰もが持つ感想を染々と口にする。
「毎年来てますけど、良い所ですよ」
「毎年来てるんだ。良いなぁ。俺、11月には帰るから、来年は来れないや」
「来たらいいじゃないですか。向こうに帰っても。川嶋さんも大歓迎しますよ」
「そうだねぇ。優しいもんね、川嶋さん」
何も知らない佐々木の、普段と変わらないほんわかとした空気がありがたい。笑う彼の顔を見ていると、段々と癒されていくのが分かった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
15 / 16