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プロローグ「終わりから始まりの合図」にしおりをはさみました!
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プロローグ「終わりから始まりの合図」
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現実とは生易しくないものだ。
恋とは盲目で、小学校からの付き合いである親友に恋心を抱いたのは約三年前。
中学卒業と共に高校は遠いところに行くのだと聞いて、迷いもなく付いて行くようにして自分もまた彼と同じ場所を選び、入学したのが一年前。
閉鎖されたこの高校は男子校であるがため、都会とは程遠く、女性と遊ぼうにも外へ出掛けるので二時間も費やしてしまうのだ。当然のごとく、女性との恋愛も厳しく無縁に近いとも言える。…だからこそ、安心していたのだ。
-彼が誰かに恋に落ちることは早々ないことだろうと-
何度も言うが、現実とは生易しくない。
昨日までの自分に問いたい。
この学園だからこそ、彼が男に恋心を抱いてしまうこともまた、仕方のないことなのだと。
立花 和泉(タチバナ イズミ)は深くため息ついた。
癖のない真っ直ぐな黒髪が春風になびいていく。その髪は日の光を浴びて、痛みのない髪が一本一本サラサラと流れては髪を乱す。
色白の肌は不健康な青さではなく、日に焼けないのか透き通るようで嫌味なくらいにすべすべとしており、それに乗せて色ずく紅い頬は色気すら漂わせている。
大きくはないが、二重で切れ長の髪同様の黒い瞳は今は伏せられて、長い睫毛が影となってよりいっそう美しさを際立せているようだった。
鼻筋の通った形のいい鼻、色素の薄い桜色の小さな薄い唇。立花和泉と言う人物は、美形と言うものに分類されている。
「…どうしてこんなことに」
学園校舎前の噴水近くのベンチに座り、一人悶々と頭の中をぐるぐると回る難題に苦戦して小一時間程。もちろん、回答も答えてくれる人もいない。
「俺たち、付き合うことにしたんだ」
そんな死刑宣告を聞いた瞬間、泣きたくなる気持ちを抑えて「よかったね、お幸せに」と、答えたのはつい昨日の出来事。簡単に言って見せたものの、内心はまったく持って穏やかではなかったのだ。
この当たり様のない思いはどこにぶつけたらいいのか。今ここで大声で聞こえるように「バカやろう」とでも言えたなら、どれだけすっきりするか。
難しい顔で眉間にしわを寄せて、先ほどよりも重いため息をこぼす。
出したいわけではないが傷心的な気持ちに負けて、うっすら涙すら溢れてきた。左目下にあるチャームポイントでもある泣き黒子を触れるようにして、涙をすくっていく。
「この顔を彼に見せたら、少しでも同情してくれるだろうか」
浅はかな考えすら浮かんでくる醜い感情を、押し殺すようにして首を横に振った。今は何も考えないほうが身のためだろう。
仮に感情を出してしまったとして、彼を困らせることになるのは明白なのだから。こんなことで嫌われてしまっては、親友というポジションすら危うくなってしまうというのに。
この恋は終わったのだと、諦めてしまったほうが楽なのはわかっている。
和泉の親友である瀬能 清四郎(セノウ セイシロウ)は、中学時代から剣道部に入っておりこの学園では特待を取るほどの凄腕で文武両道な、爽やかな好青年で、短髪の似合うイケメンだ。身長は大きく百八十三センチと和泉よりも十センチ以上は大きい。
そして優しく、気遣いのできる自慢の親友なのだ。
そんな彼が恋をしていたことは和泉自身はまったく聞かされてもいなかったし、知らない。相談の一つもなかったことに、落ち込みを深くさせたのも事実だったが、仮に知っていたとしても、毎日聞かされる恋の相談は苦痛の何者でもなかっただろう。憂鬱な毎日を過ごすことを考えれば、まだ救いはあった。
たとえその相手が自分のルームメイトだったとしてもだ。
一年生の時から変わらない寮部屋のルームメイト、浅井 悠樹(あさいゆうき)。当然友人で、片想いの相手である清四郎とよく三人で行動している。小柄な百六十五センチ、色素の薄い茶色いふわふわした髪と同じく茶色い瞳に大きくくりくりとした二重の目は、まるで小動物を創造させられるような、一言で言ってしまえば、守ってあげたくなるような子だ。便りがあって優しい清四郎なら、悠樹に恋に落ちてしまうことも想像できただろう。
今思えば、なぜそんな簡単なことも分からなかったのだろう。これはもう後悔先立たずな後の祭り状態…バットエンドだ。
毎日見てきた二人なのに、少しの疑いも感じなかった。もともと察しの良いほうではないが、これは鈍感としか言いようがない。
ドラマみたいな失恋の仕方に笑いすら込み上げ、自分をあざ笑うかのようにして、和泉は足元に転がる石ころ拾った。それに胸の奥から込み上げる苛立ちをぶつける様にして、噴水へと投げ込む。
ポチャンと音を立てて下へと沈んでいく石に、自分の心も同様に下へ下へと落ちていく。そんな感情に似たその石を、まるで他人事のように眺めていた。
日曜日の本日は学園は休みであり、そんな休日にも関わらず制服姿(クリーム色のブレザーと灰色のチェック柄のズボンに赤のネクタイ)を身にまとっているのは、ルームメイトである悠樹から逃げるようにして図書館へ向かってきたからだ。
和泉の感情を知らない悠樹は、気まずいから図書館に行くなど考えもしていないだろうが、知っていてそれを見送っているならたちの悪い話になってしまう。いつもと変わらない彼の様子を見るに前者だろう。
悪気があってのことではなく、お互いが相思相愛で付き合っている事実は深く胸へと突き刺さる。
いつまでもベンチに座っている訳にも行かず、気づけば時間は二時間は経過していて、座りっぱなしだった為か、お尻が悲鳴を上げてきている。どの道逃げていても、寝る場所は寮しかないのだから、帰るしかないと重い腰を上げようと足に力を入れて、立ち上がろうと少し腰を上げた瞬間…ゴチン!
「「……ッ!!」」
派手な音と共にもう一度ベンチに座り、瞬時に痛む後頭部を抑える。
実際には音は派手ではないだろうが、頭の中で一瞬ヒヨコが見えた気がした。
頭に何かが当たった原因は、見晴らしのいいベンチ付近で物に当たったなどありえないこと。それよりも自分と同時に放った声の主を疑うべきだ。
痛む後頭部を抑えながら、そして原因の元である人物を睨み付けるようにして、後ろを振り向いた。その瞬間「嗚呼…やっぱりか」と、諦めのついた声で原因に言い放つ。
「…どうして貴方がここにいるんですか?」
「そうだね、君が珍しくこんな場所でおまけに何だか哀愁漂ったようすだったから…かな?」
それ以前にいつから居たのだと聞きたいところだったが、そんなことを彼に聞いたところで無意味だろうことはわかっていた。事あることに彼はストーカーの如く自分に付きまとうのだ。
一日の日常風景を写真に収めるとして、百枚撮るとすれば確実に半分は彼の見切れた写真が出てくると断言できるほどに。
「僕の珍しく落ち込むさまを見て楽しめましたか?」
あからさまな嫌味を含めて言い放つ。ストーカー疑惑の出ている彼に遠慮の一つも要らないのだ。そんな和泉の言葉に、困ったように苦笑した後、満面の笑みをこちらへと向ける。
清四郎と変わらない身長の彼は座っている和泉に合わせるようにして後ろから前へとゆっくり歩いて、自分の目の前に来たかと思えば、その場で屈み目線を合わせて、それは綺麗な笑みで。
染めているのか地毛なのかは分からないが、長めで薄茶色の細い髪がふわりと頬に流れる。
垂れ目がちなビー玉のように輝く薄茶の瞳が、端正な顔立ちと共に自分を捉えて放さない。
「うーん…そうだね。君の珍しい一面が見れて、私は大満足だよ」
柔らかい物腰でそう答えるストーカー男に、眉毛がひくつく。
態度と変わらない遠慮のかけらもかけないで両手で頬をつまみ、引っ張る。目の前に居る人物が学年上では先輩などというのはどうでもよかった。そしてその頬が後で紅くなろうがこちらとしては関係のないことだ。
引っ張りながら今この原状が少し馬鹿らしくなって、目の前の端正な顔が不細工になるさまを見てその手を放して、和泉は笑みをこぼす。
「貴方という人はまったく。…っ、それにしても面白い顔ですね」
「ふぃどいひょ…和泉君」
ストーカー男に感謝しているわけではないが、落ち込んでいた気持ちが今この瞬間だけは忘れたように晴れ晴れしくなって行く。それは曇り空を通り越して雨の降るそこから日の光が差したように、濁りのなくなった透明のクリアな心で。
自分の名前を呼ぶこのストーカーな先輩に、名前を呼ばれて、また一つ笑みを深くした。
優しい言葉が欲しかったわけではない。それを知っていたのかは知らないが、それがまた彼らしいとそう思えたのだ。些細なことでこの気持ちが晴れるのならば、今日のところは許してやろうと、春風を感じるように和泉は目を閉じた。
花は散ったが、枯れた花はまた新たな芽をもってもう一度咲き誇る。
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