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4.複雑な思いにしおりをはさみました!
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4.複雑な思い
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カツカツとこの国の王────ヴァイス=シュトレーンが回廊を往く。
目的地は一応あるが、これは仕事の合間の小休憩を兼ねた見回りのようなもので、さり気なく自分の目で城中の貴族連中の動向を探るということも兼ねていた。
そんな自分の側に侍るのは今度の舞踏会で自分の娘を是が非でも妃に勧めたいと考えている貴族達だ。
「陛下。我が娘は楽を奏でるのが非常に得意でして、きっとお疲れの陛下の心を日々癒すことに一役買うこと間違いなしでございます」
「いやいや。そういうことでしたら我が娘も負けてはおりませぬ。鈴を奏でるようなその歌声は見事なものでして、是非お聞かせ致したく」
「なんのなんの。そのようなものより、我が娘は非常に才知溢れる娘でございますれば、きっと陛下とこの国をより良くするべく語り合えること請け合いでございますぞ」
「いやいや。そんな賢しい娘などではなく、楚々とした思慮深い我が娘の方がきっと陛下の支えに……!」
皆が皆好き勝手なことを口にするが、そのようなものは聞き流すに限る。
誰が何を言おうとそれはその者の評価でしかない。
自分の妃のことくらい自分の目で見て決めたいと思うのはおかしなことだろうか?
これでもそれなりに人を見る目は確かだと自負しているつもりなのだが─────。
そう思いながらいい加減うんざりとして小さく息を吐いたところで、その姿が目の端に飛び込んできた。
少し遠目に映るのはつい先日別れを告げた自分の元恋人…。
別に自分はエドのことが嫌いになって別れを切り出したわけではない。
ただ…付き合って三年半。
潮時と言えば潮時だと思ったのだ。
あの時、もしエドから本当に自分を愛してくれていたかと問われれば愛していたと答えただろう。
ただそれは付き合い始めの熱情とは違い、三年以上の月日の間に穏やかな愛へと変わってしまっていた。
それこそ国の将来と天秤にかけた時、別れを選んでも悔いはないと思えるほどには自分の心は凪いでいた。
だからこそ妃選びを前にしてきちんと関係を清算したのだ。
正直別れ話をしたら泣くだろうと心のどこかで思っていた。
だから一筋の涙を見た瞬間、その身を抱き寄せ、どう慰め言葉を重ねようかと思案した。
けれど意外にもエドはあっさりと腕から抜け出し、そのまま別れを受け入れてきた。
悲しそうにはしていたが、全てわかっていると言わんばかりに無理矢理にでも平常心を保ち、毅然と別れを受け入れた。
その姿を見た時、思わずハッと目を見張ってしまった自分がいた。
自分は彼のこういう姿が好きだったのだと思い出したからだ。
時折見る凛としたその姿を眩しいと感じ、自分も常にこうして真っ直ぐに前を見つめ国を栄えさせていきたい。そう思ったものだ。
今更そんなことを思い出そうとも、最早どうしようもないことだったのだが……。
それでも思わず惜しいと感じ、手を伸ばしてしまいたくなるほどには愛情はあったと思う。
ゆっくりと扉へと向かうエドの姿に心が何かを叫んでいたが、別れを切り出した自分に止める権利などはない。
ただ…一度でも振り返ってくれたのなら────どこかでそう願ってしまう自分がいたのは確かだった。
もし…もしもあの時振り返ってくれたのなら、自分はきっと引き留め、妃を迎えても関係の継続を願ったかもしれない。
(結局は……振り返ってくれなかったがな)
そう自嘲しながらそっと元恋人へと視線を向けると、そこに見知った顔が声を掛けるのが見えた。
カミル=シルフィード。
彼は公爵家の者で文官だ。
第二騎士団長であるエドと面識があるとは到底思えなかったのだが、なにやら親しげに言葉を交わしている姿に胸が疼くのを感じた。
普段のエドとは違い、その表情がどこか柔らかなのが妙に気になって仕方がない。
だからそっと足を止め、そちらの方へと目を向けていると、傍らにいた貴族達も揃って足を止めそちらへと視線をやった。
「陛下?何か…」
「おや。あれは噂のシルフィード公爵のご子息ではありませんか」
そんな言葉に思わずピクリと眉を動かしてしまう。
「噂…?」
そんな短い問いかけにその貴族はよくぞ聞いてくれたとばかりに言葉を足す。
「ええ。なんでも婚約者を袖にしつつ女を囲っているのだとか」
「…それはただの噂でしょう?私はカミル殿を良く知っているが、性格は真面目でとても女遊びをするような者とは言えませんよ?」
「いやいや。火のないところにと申すでしょう?それに遊びではないかもしれないではないですか」
「それはもしや本命という意味ですかな?」
「左様。婚約者殿は真面目なカミル殿と性格が合いそうにないタイプだと聞いたことがありますしな」
訳知り顔で他の貴族達も加わり話をしてくるが、その話を聞いて思わず顔を顰めてしまった。
正直そんな噂の真偽はどうでもいいのだが、カミルがエドと親しくしていることに何故かモヤモヤしてしまう自分がいたのだ。
そうこうしているうちにカミルはあっさりとエドの側を離れたのだが、その後同じく第一騎士団長であるコンラートと少し話したところで、エドが先ほどカミルから渡された何かをそっと口へと運ぶのが見えた。
そしてその後────どこかフッと綻ばせた表情を見て心がザワリと騒ぐのを感じ、そのまま踵を返した。
(何故────そんな表情をする?!)
どこか安堵したようなその表情は自分でも数えるほどしか見たことがないもので……。
何故か胸に熱い炎のような感情が湧き上がってくるのを感じた。
(調べつくしてやる……!)
カミルを無性にエドから引き離したくなって、すぐさま執務室へと足を向け人払いをすると共に、指を鳴らして自分の僕(しもべ)を呼び寄せた。
「カミル=シルフィードとシルフィード公爵家についてどんな小さなことでも構わない。不正を含め詳細に調べ上げ舞踏会の日までに報告を上げてくれ」
「かしこまりました」
そうしてすぐさま動いた僕に満足しながらも、脳裏に浮かぶのは先程のエドの表情ばかり。
カミルが男色だという話は聞いたことがないが、このもやもやした気持ちは当分消えそうにない。
まさか自分から別れを告げたにもかかわらずこんなにも嫉妬のような感情を抱くとは思いもしなかった。
(エド……)
やり直したいと…そう口にする気はない。
自分の判断は間違ってなどいないはずだし、後悔するつもりもない。
けれど、誰かのものになってくれるなと────そんな理不尽な思いが込み上げてしまうのはどうしたことか。
「結局は心捕らわれたままということ……か」
それならばそれでエドに近づく輩は自分がしっかりと調べておこう。
万が一にでもエドが傷つくことがないように。
(エドにとっては要らぬお節介かもしれないがな……)
そうして複雑な心を抱えながら物憂げに溜息を吐いた。
*****
「リカルド!甘い!」
キンッ!
エドワードはここ最近訓練に身が入っていない部下に鋭く叱責の声を上げた。
「最近弛みすぎだ!それではいざという時職務を全うすることができないだろう!」
「も、申し訳ありません!」
自分の言葉に委縮するリカルドに心底反省している様子を見て取り、思わずはぁと大きく息を吐く。
「悩みでもあるのか?」
「いえっ!団長にご心配頂くようなことはございませんので!ご指導ありがとうございました!」
そうして逃げるようにその場から駆け去るリカルドについ不審の眼差しを向けてしまう。
(どう見てもあれは何かあるだろう)
そうして暫くそちらへと目をやっていると、同じ部隊のジェイが声を掛けてきた。
「団長。リカルドのことが心配なのはわかりますが、どうせ後ちょっとの辛抱ですよ」
「何か知っているのか?」
訳知り顔のジェイにそう尋ねると、ジェイはあっさりと家絡みのことなのだと教えてくれた。
「あいつは子爵家だから侯爵家の従妹にはいっつも頭が上がらないんですよ。きっと今回も無理難題言われて四苦八苦してるんでしょう」
もうすぐ舞踏会ですしねと苦笑するジェイになるほどと妙に納得がいく。
恐らくその従妹は国王の目に留まるようにとリカルドにあれこれと手伝いでもさせているのだろう。
「大変だな…」
「本当に」
そういうことなら何か手助けしてやれることはないだろうか?
これでは舞踏会が始まる前に訓練で怪我をしてしまいそうだ。
そして少し状況を調べてみて出来ることがありそうならさり気なく手を貸そうと考え、エドワードは気持ちを切り替え他の騎士達へと足を向けたのだった。
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