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二十年後の日本にしおりをはさみました!
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二十年後の日本
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骨董商が目覚めると、狭い部屋が目に入った。リアルで長い夢だったので混乱した。
お茶を飲んで落ち着くと、今日は元旦で此処が日本の自宅であり、あの悪夢から二十年も経っている事を骨董商は思い出す。
あの晩、パニックになる骨董商に少年は次々と指示を出し、その言う通りにしたら事態は強盗事件で処理された。メイドの失踪も強盗のせいにされ、日常が戻ってきた。
何故、少年がメイドを殺したのか分からない。強盗達の会話からメイドが彼等の関係者なのは間違いないが、少年は何も語らなかった。
日常が戻ってきたが、骨董商の心中は別だ。化け物を買い、その化け物から情欲を向けられているのだ。男として屈辱を感じる以前に恐怖しかない。なにせ、その化け物は武装した人間を瞬時に殺傷できる力を持っている。
耐えきれなくなった骨董商は、傷の療養の為に日本へ帰ると少年に告げた。恐らく、長期間になるだろうから、少年は信頼できる者に預ける事にすると……。
少年は骨董商の言う事を信じた。
聡く賢い少年だったが、骨董商の言う事は愚直に信じる無垢な所があった。ウォカレラの伝説がない土地の、信頼できる商人に少年を預けたのは最後の情だった。少年は恐ろしい化け物であったが、過ごした日々は間違いなく愉しく幸福に満ち、少年自身は懸命に自分に遣えてくれた。
自分を一途に信じる化け物を捨て、日本に逃げた骨董商は罪悪感を捨てる事が出来ずにいた。
日本に帰った骨董商は、高名な厄払いの神社に駆け込んだ。神主は骨董商を見るなり「外国の神様だね」と見抜き、怯える骨董商に様々な助言をしてくれた。
その神主とは長い付き合いとなった。何故ならば、骨董商は半ば幽世の住人となり、その体は不老だった。
調子にのって少年に口付けしたのが悪かったらしい。
現実の薄皮を一枚剥がした先に、神様精霊妖怪幽霊が跋扈する世界はある。その世界の住人は、異国の化け物が愛し変質した男に興味津々だった。神様は戯れに骨董商を欲しがり、妖怪達は骨董商を仲間にしたがった。それに引き寄せられるようにして、霊能力者や超能力者、退魔協会、呪術師商会やら妖しい組織が跳梁跋扈し、以前ならば絵本やアニメでしか見たことない世界に引きずり込まれた。
神様に誘拐されて神主に助けられたり、逆に死にそうな精霊を助けたり、沢山の事件に巻き込まれ沢山の事件を解決した。骨董商は生き残る為に必死に駆け回り、様々な力を持つ骨董品を集め、それを活用した身の守り方や怪異のあしらい方を身に付けた。
沢山の事件に巻き込まれるという事は、沢山の感情に触れるという事だ。最後には大団円で皆が笑顔になる事件もあったが、人間も怪異も救いを求めて泣くような事件もあった。
そんな事件に出会う度に、骨董商は少年の事を思い出す。恐ろしい化け物から逃げた筈なのに、少年の笑顔を思い出す。思い出した後に、少年の今の様子を夢想する。
捨てた身で勝手だと分かっている。だが、怪異の事を理解すればする程、当時の自分が間違っていた気がした。
骨董商は一度だけ、少年を預けた商人に会った。骨董商が少年の様子を尋ねると、少年は商会を立ち上げて独り立ちしたが、詳しい居場所は分からないと言われた。戸籍もあやふやな最貧国では、容易く居場所が分からなくなる。骨董商が調べても、少年の行方は分からなくなっていた。
次に骨董商は、ウォカレラの事を調べた。
ウォカレラとは人間に紛れて産まれる悪魔で、花嫁と決めた者を拐う。執着と性欲が凄まじく、それ故にあの国では嫌悪されていた。ウォカレラが望む者は花嫁ただ一人。花嫁が何処まで逃げても、ひたすら花嫁を求める悪魔がウォカレラだ。
以前ならばその性質に怯えていたが、今の骨董商は日本で怪異が引き起こした事件を目の当たりにしている。事件が起こる道理や人外達の有り様を、普通の人間より理解していた。
骨董商は悩んでいた。
少年は本当に恐ろしい化け物であるのか。
ウォカレラは、花嫁さえ手に入れたら大人しく巣に帰る悪魔だ。暴れるのは、花嫁に拒絶された時。つまり、ウォカレラが真の意味で化け物になるのは、花嫁次第と言える。
あの優しい笑顔の少年が正真正銘の化け物になるかならないか、選択肢を握っているのは骨董商だ。
貧しい国で痩せ細った少年を買い、無給で働かせ、寝具の上で幼い性器を弄んだ男が骨董商だ。そんな男が一人の少年の運命を握っている。
これは自業自得なのだ。骨董商は認めた。
その上で、彼は自問自答を繰り返す。
少年を本当の化け物にするのか?
少年の笑顔に、過去に関わった悲劇の怪異達が重なる。
彼等のような悲惨な末路を辿らせるのか?
骨董商は自らの問を拒絶する。
それだけは駄目だと即答できた。
彼がその先へ至る覚悟を決めたのは、帰国して五年目の春だった。
二十年後の現在、骨董商は炬燵に入りながらテレビを見ていた。
「正月から湿気た話だな」
骨董商は煙管に火を入れる。見た目は相変わらず四十路のままだが、齢六十を過ぎた頃から煙管やら和服やら古い物を好むようになった。人生も佳境に入り、古い物の不便さを楽しむ余裕が出てきたのだろう。
「すみません」
遠くで声がした。
イントネーションが僅かに変な呼び掛けに、外人の客だと判断した。正月休みだと伝える為、階段を降りた骨董商は玄関を開ける。
「お久しぶりです、旦那様」
聞こえたのは、流暢な日本語だった。
骨董商の事をそう呼ぶのは、たった一人だけ。開かれた玄関の前には、眼鏡を掛けて上等なコートを着た褐色の肌の男性が佇んでいた。凄まじく美形な顔には柔らかな笑顔が浮かんでおり、かつての幼い笑顔が重なると同時に、ウォカレラとしての薄暗い本性が垣間見える。
骨董商が長年待っていた時が訪れた。
「久しぶりだな、サガル」
かつて少年だったサガルに、骨董商は手を差し伸べる。その言動は予想外だったらしく、張り付いた笑顔を浮かべていたサガルの顔に、僅かだが驚きが浮かぶ。
「お前に話したい事が沢山あるんだ。許されるならば、部屋の中で話さないか?」
数分の逡巡の後、サガルは無言で骨董商の手を握った。その手の平は厚く大きく岩のようであり、サガルが歩んだ二十年の過酷さを物語っているようだ。
そのまま二人は骨董店へ入る。
その後、彼等は長い間語り合うだろう。骨董商にもサガルにも語る事が多すぎる。語り終わった時、二人がどうなるか明言はしない。
だが、捨てられた化け物は一途に主を思い続けており、主は化け物の想いを受け入れている。骨董店に新しい住人が増える未来は、そう遠くないだろう。
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