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190にしおりをはさみました!
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その日の夜、大浴場から出て長屋へ戻るために外に出ると、有坂が石段に座って俺を待っていてくれた。
館内では接触禁止と言われているから外で待ってたんだろうけど、夜でも外は蒸し暑い。
「――有坂っ」
すぐに側に走ってその手を掴む。
嬉しい。
今日はもう話せないと思ってた。
「結城、昼間はすまなかった。女将に目撃されるなど、お前に恥ずかしい思いをさせてしまった」
「別に俺は怒られてないから全然いいけど、有坂大丈夫だったのかよ」
「情けない事に午後は自宅で謹慎処分を食らっていた。一緒に勉強をしようと約束していたが、果たせなくてすまなかった」
謹慎処分とかマジかよ。
確かに旅館内はマズかったと思うけど、あのタイミングで庭に女将さんがいたことの方が俺は驚きだ。
マジでどこにいるか分からん。
そう思えば背筋にひやりとしたものを感じて、慌ててキョロキョロと見回してしまう。
「ああ、今は実家の方で子供たちに夕飯を食わせている。心配しなくても大丈夫だ」
「そっか。なあ、旅館外だけど俺の部屋には来ちゃダメなのか。一緒に遊びたい」
「…さすがに今日は説教されたばかりだからな。それは自重しておく。それより明日、午前中の仕事を終えたら街の図書館へ行ってみないか」
「えっ」
「いつも同じところで勉強していては息も詰まるだろう。こういう街だから図書館も趣のある建物だし、良い気分転換になるはずだ」
そう言われてテンションが上がっていく。
それってつまり、有坂からデートのお誘いじゃないか。
旅館外なら接触も禁止されてないし、そんなの絶対行くに決まってる。
意気揚々と今度こそ約束をして、今日のところはお互いに自分の寝る部屋へと戻って行く。
去り際にどことなく名残惜し気に有坂は俺の頬に触れたが、さすがに今は見つめるだけで何もしてくれなかった。
ガシャーンと音が鳴る。
相変わらずドジ踏んでいるが、一体なんでそうなるんだ。
仲居さんとか周りの奴らは大人だから優しい目で見てくれてるけど、そろそろ温厚なあの人たちも怒りだすんじゃないか。
「…っあ、益男さん」
仕方なく割れた皿の欠片を一緒に拾ってやる。
ここで助けないと女将さんにまた殿方がどうとか言われる可能性もあるし。
「お前いちいち慌てすぎなんだよ。だから何もねーところでミスすんの」
「えっ…」
「迷惑かけないようにって思い込みすぎてるから、余計に力が入ってミスするんじゃねーの」
見ていた感じ、基本は出来ているし接客に関しては言葉遣いだって悪くない。
むしろ客の評判は良いらしく、多少の失敗はいじられキャラみたいな位置でお客さんにからかわれている。
まあ客は呑気だからいいが、こっちは大変だけどな。
「で、でも…そう思わないと怖くて――」
「少しは自分のおかげでこの旅館が繁盛してる、くらいの気持ちでやってみろよ。俺なんか大体そう思ってるぞ」
夏休み中にしかいないとか、受験勉強の合間にしか働かないとか、そんなのは関係ない。
この俺が働いた店が繁盛しないはずがないし、夏休み中の売り上げやリピーター率は俺がいるおかげでグンと伸びるはずだ。
堂々とそう言ってやると、田舎女が目を丸くする。
一瞬の間の後、クスッと笑顔を作った。
「益男さんってお優しい方なんですね。私のこと元気づけるために、冗談を言って下さって有難うございます」
おい、冗談とか言ってねーぞ。
俺はいつも本気だ。
とは思ったが、泣きそうだった顔が笑顔になったからまあ良しとする。
午前中は田舎女と一緒に仕事をして、昼になったらまかない飯を食う。
なんでも俺にくっついてハイハイ言ってるから、なんつーか水瀬みたいな感覚だ。
同級生だから修学旅行どこ行ったって話をしたり、受験勉強の話をしたりとかそんな会話で時間が過ぎていく。
「…あ、私は大学には行かないんです。うちはそんな学費にあてる余裕もないですし、卒業したらこちらで働かせて頂こうかなって」
「へー」
「あっ、もちろんこんな大きな旅館なのでそんな簡単にいくとは思ってませんし、就職するにしてもどの道勉強はしなければならないですけど…っ」
進路なんか俺は大学一択だと思ってたけど、そういう選択肢もあるのか。
もし仮に有坂がこっちの大学に行くことになっても旅館で住み込みで働くことにすれば、今みたいにひょっとしてずっと一緒に暮らせるんじゃないか。
あれ、有坂の大学に行きながらバイトすれば、もっと一緒にいられるのか?
「益男さんはどうしてこちらに?」
「…え?ああ。有坂が帰省するって言ったから着いてきたんだよ」
「ああ、大切な方だって桐吾さんが言ってましたし、本当に仲良しなんですね」
「まーな。俺大切にされてるんだ」
有坂の話をすると自然と表情が緩む。
ニコッと笑顔で返すと、少しは俺に慣れたと思ったのにあっという間に視線を逸らしてまた赤くなってしまった。
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